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2012年6月20日 (水)

坂東玉三郎特別講演・阿古屋&傾城2回目 今公演の主題は傾城の勤めと恋。琴責め阿古屋の晴れがましさと不在を受け入れる傾城の憂い

傾城の恋は泥の中に咲いた一輪の蓮,来世は一つ蓮にという願いだけを宝に一生を送れるもの。

6月17日は,南座マイ千秋楽でした。チケットも完売のようですし、心から大盛況をお祝い致します。千秋楽を欲張らなかったので,最前列のインコーナーのほぼ演奏をなさる真前で聞くことができました。
日に日にお客様がヒートアップしてこられています。皆様がどれほど玉三郎丈がお好きか,南座全体が魔法にかかったようです。生存とコンディション維持のための最低限の日常以外の時間を,只ただ,美のために精進なさっておられるのですから拝むほかありません。
また,毎年南座で公演を打って頂いているのも,玉様と顔見世興行のみ。京都の歌舞伎好きにとっては年に2度の生存確認の場でもあります。
あちこちで,「東京でもこれだけの贅沢な公演はあらしまへんやろな」,「連中さんが超一流,さすが玉様」,「毎年南座に来てくらはるのは玉様だけや。ありがたいことですなぁ」,「玉様が連れてきはる御人は皆美形や」,「肩を貸す若い衆まで玉様の一部や」,「捕り手も揃ったはる」,「後見さんがまた凄い」,「蝶々まで舞ったはる」,と会話が弾んでました。(玉様一門の話題ばかりですね。)

さて、岩永の人形に徹された蒔車丈は立派でした。岩永は位取りからいえばいいお役で,中村勘三郎丈も務めておられます。人形振りで演じるという役者としての華を示したいところですが,人形以上に人形でした。元からぶん回しで後ろ向く演出があったのか記憶があやしいですが,気になりました。蒔車丈なら完全に停止なさることは可能でしょうに。(文楽では人形にぶん回しはありません。人形が途中で壊れたという演出だそうです。)
こんななかで,重忠を演じられた愛之助丈は大変たっだと察せられます。中村吉右衛門丈,十三世片岡仁左衛門丈がなさるなさるお役ですものね。目指す方向性としては和生さんが遣われる重忠のイメージが良かろうかと思われます。合理性と道理性さえしっかりしていたら,人間的な魅力や大きさは捨ててもドラマに支障はありません。

だからといって,玉様独演会で、ドラマはそっちのけかいということもありません。どう転んでもドラマが成立するように仕組まれておられるのが玉様の凄いところ。後半に「傾城」を持って来られてますので今公演のテーマは東西の傾城です。また,傾城の非日常と日常,有事と平時になっています。核心に迫ります。
阿古屋の台詞に幾度も登場する「勤め」。勤めを超えた景清との心の交流を切々と奏でます。熱田に正妻と子のある景清にとって、阿古屋は京の愛人です。平家が滅亡しなかったら日影のままであった阿古屋が,景清がおたずねものとなったことで,縁者として白昼の白砂に引き出され詮議をうけます。秘めた恋を公になることは,つらい状況下にあるからこそ,至上の歓喜ではないでしょうか。何時会えるか分からない不安より,もう二度と会えないと確定的な状況が、勤めの身にとっては,逆説的に安定しているというシニカルなロジックになっているように見えました。阿古屋の晴れがましさが,過去の公演より際立っていたのは,玉様のパワーアップだけではなく,景清の女として詮議される喜びを強調しておられたとワタクシは読みました。

一方,傾城は,雪や夕霧などと同様,豪奢な日常の中で,来ぬ思い人を待つ揺らめきを舞うという玉様独壇場の世界です。来ぬ男を待っているうちに、あれよあれよと一年が過ぎ,花の全盛は移ろいゆくというはかなさが見受けられました。たおやかであられました。阿古屋も時が許せば,はかなげな傾城として一生を終えられたことでしょうに、愛を武器に強靭な女として恋の勝利者となります。その後、遊里を去り,赤貧のなかで命を落としても悔いはないのでしょう。

また,阿古屋はリアルタイムの時間運びで1時間半,傾城は1年を20分ですから。この対比も見事です。
さて、「傾城」の歌詞・廊下をすべる上草履とは何でしょう?傾城は素足でした。↓よろしかったらポチッとお願いしますm(_ _)m。
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ろうかをすべる~うわぞお~り
きょうかずきさまに、教えて頂きました。上草履は、尾上さんや岩藤さんがはいておられたので何となくイメージできたのですが、廊下をすべる状況がわかりませんでした。そうですか、恋の鞘当で廊下を競走とは…。

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コメント

hitomiさま
2ヶ月続いた玉様の逗留も過ぎました。植物の勢いのある6月はいいです。京都は祇園祭に突入、暑おますなと言うてるうちに7月は済んでしまいます。気持ち引き締めてかからんとあきません。
阿古屋は松の位の遊君ですが、馴れ初めを聞いていますと、格子の見世 女郎のようなシチュエイションですよね。
至福の時間でした。

投稿: とみ(風知草) | 2012年7月 2日 (月) 17時16分

おとみ様、さすが読み応えあります。ポチ
私も京都の友人と観てきました。翌日がロミジュリの初日と後で知り、チケット取りました。
おかげでもう一人学生時代の友人が来てくれて三人で先斗町で食事し、ソワレでお茶しました。
梅小路公園、朱雀の庭、蒸気機関車館、比叡山ガーデン、宝塚温泉、宝塚ガーデンなども楽しみました。

投稿: hitomi | 2012年7月 1日 (日) 19時33分

きょうかずきさま
ありがとうございました。すっきりしました。
あの歌詞が強調されてましたので、重要な意味とはわかりましたが、鞘当てでしたか。玉様はいろいろ教えてくださいますね。

投稿: とみ(風知草) | 2012年6月21日 (木) 17時49分

初めまして。きょうかずき と申します。
傾城の歌詞にあります上草履、吉原の花魁衆は裸足ですので、廊下を行きます時は上草履をはいて移動しました。縁切りの場面で八ッ橋花魁も履いておりました、あの草履です。
廊下を走ってくる音が、相方の花魁か、それとも他所か、部屋の中では、心待ちにした音のようです。恋の鞘当をする花魁同士の情景が、この場合廊下を走る上草履と表現されているのでしょう。
上草履は別名花魁の隠語としても使われております。
差し出がましいとは存じましたが、お役に立てましたら嬉しく存じます。
玉三郎様のファンより

投稿: | 2012年6月21日 (木) 11時10分

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