海辺のカフカ・母、海、森、分身、性、図書館。少年の揺れる自意識と優しい外部世界との融合の後には…
カフカと大島
画像は毎日新聞社さまからお借りしました。
演出:蜷川幸雄
原作:村上春樹
脚本:フランク・ギャラティ
翻訳:平塚隼介
美術:中越司
キャスト
田村カフカ(僕・15歳の家出少年)/柳楽優弥
佐伯(高松市の甲村記念図書館の管理者)/田中裕子
大島(高松市の甲村記念図書館の司書)/長谷川博己
カラス(カフカのツレ・謎の少年)/柿澤勇人
さくら(高松行きのバスの同乗者)/佐藤江梨子
星野(ナカタのツレ,長距離トラックの運転士)/高橋努
ナカタ(猫と話せる知的障害のある初老の男)/木場勝己
あらすじ
主人公の15歳の「カフカ(僕)」は,東京で父と2人暮らし。母と姉は,幼い頃に家を出ている。15歳の誕生日に,父親にかけられた呪いに立ち向かおうと、「世界で最もタフな15歳になる」ことを決意し、四国の高松に向かう。カフカは,何かに導かれるかのように,甲村記念図書館に出向き,司書の大島,管理者の佐伯に親切にされたことから,そこに住み着くようになった。そんな日常のなか,父が何者かに殺害されたことを知る。
一方、カフカが家出をした同じ頃、東京都の補助で暮らしている知的障害を持った初老のナカタさんは迷い猫の捜索を引き受けるが、友達の猫を助けるため,ある事件を起こす。事件の後、ナカタさんは,偶然知り合った星野のトラックで四国に向かい,事態は思いがけない方向へと向かう。
脈絡がないかにみえた2つの物語はやがて「入り口の石」につながってゆく。
家出して高松市の図書館で暮らし,父から自立することを願う主人公「カフカ」と、東京都中野区野方に住み、猫と話ができる老人・ナカタさんに次々と起こる不思議な出来事。二人の現実が交錯するところにあらわれたもう一つの世界とは…。
24日(日)千秋楽を拝見しました。原作は、残念ながら拝読していませんが、あらすじは存じてました。映像化も難しそうな原作をどのようにすれば舞台化できるのか、とーっても楽しみにしていましたが、蜷川さんはいとも簡単に、舞台上に、何次元にも交錯する世界を表してくださいました。
基本は、透明なアクリル製のコンテナに、森、公園のベンチ、居間、図書室、バス、トラック、サービスエリア、土星などをしつらえ、それらが有機的に動き、観客の視線をシークエンスとして引き込む動きをします。また、小型のアクリルコンテナは調度品を収め、あるいはインキュベーターになります。
蜷川さんは安易に映像に走るようなことはなさらず、コンピューターにも頼らず人力です。暗転も幕前芝居もありません。全部芝居時間ながら、20分の休憩のみの4時間。
15歳の少年の世界は狭く一つ一つへの思い入れは深いものがあります。世界の狭さを補うものとして読書があり、異性への恋慕は母へ思慕と未分離です。大人や権威の代表としての父を憎み、乗り越えるためには殺人しかありません。現役の若者もかつての若者も、みなが通った道を4時間で見せて下さってますが、死の直前に人生が走馬灯のように巡るのを視覚化されているような陶酔感がありました。
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