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2011年5月 4日 (水)

国民の映画・プロットは井上ひさしさん流で、ストーリーテリングは野田秀樹さん的かな?

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国民の映画
作・演出:三谷幸喜
キャスト
ヨゼフ・ゲッペルス(ナチスドイツの宣伝大臣)/小日向文世
ハインリヒ・ヒムラー(ナチスドイツの粛清の先鋒)/段田安則
ヘルマン・ゲーリング(ナチスドイツのNo.2)/白井晃
マグダ・ゲッベルス(ゲッベルス夫人)/石田ゆり子
ツァラ・レアンダー(女優)/シルビア・グラブ
レニ・リーフェンシュタール(映画監督)/新妻聖子
エーリヒ・ケストナー(反体制の劇作家)/今井朋彦
フリッツ(ゲッペルス家の執事)/小林隆
グスタフ・フレーリヒ(俳優)/平岳大
エルザ・フェーゼンマイヤー(女優、ゲッベルスの愛人)/吉田羊
グスタフ・グリュンドゲンス(俳優・演出家)/小林勝也
エミール・ヤニングス(俳優)/風間杜夫
ピアニスト/荻野清子
おはなし
1941年秋、ベルリン郊外のゲッペルスの別荘。ナチスドイツのプロパガンダを掌る宣伝大臣ゲッペルスは、映画関係者を集めてホームパーティを開く。絵画、音楽、文学、全ての文化芸術は彼の支配下にあった。なかでも総合芸術としての映画製作は国民の心を掌握し、国力を高揚させるものとして総督の期待も大きい。
集まった映画関係者の中には、親ナチスの面々ばかりではなく、反骨の作家として焚書処分を受けているケストナーもいた。なぜか招かれざる客として軍の高官もいる。
ドイツ国民の映画としてハリウッドをしのぐ超大作を作るとぶちまけたゲッペルスにすり寄る者たちの傍らで、別の大きなドラマが始まろうとしていた。
井上ひさしさんの「日本人のへそ」と同じ日に観劇しましたが、別の日にしたら良かったです。ずっしーんときました。↓よろしかったらポチッとお願いしますm(_ _)m。
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三谷幸喜生誕50年記念作品第2弾。芸術と権力の狭間で葛藤する人々を描く群像劇がここに誕生!とあります。
幕開きは、ゲッペルスが執事のフリッツにハリウッド映画の映写機を回すように命令し、チャップリンを楽しむ場面に始まる。
ある一夜のパーティで明らかとなるそれぞれの創造活動と正義との間の立ち位置を、シニカルにコメディタッチで描いて行きます。主役のゲッペルスは、女好きで権威主義者の俗物で、執事のフリッツに芸術的なアドバイスをもらっています。反政府を唱えながら創作の場を得るためには妥協を自らに許すケストナー、譲れない正義のボーダーラインで踏みとどまる俳優たち、妻と愛人、妻の元カレ(?)…。スリリングで可笑しい。小日向さんノリノリです。
三谷さんは、自らの芸術と出資者の要請との間に葛藤があるのだろうかとちょっと勘ぐってしまいます。
しかし、女優の迂闊な一言で物語は凍りつき、今まで論じてきた映画製作というソフトな手段から、ドイツ民族による世界支配という目的のために、ユダヤ民族を粛正するという悪魔的な軍事行動が明らかとなります。
ここからが、フリッツ役の小林さんの静かで淡々とした巻き返しです。終幕は、ゲッペルスがフリッツに映写機を回すよう命令したところ、自分でやれ!今まであんたが大嫌いだったと言葉を吐き去ります。何か、重すぎてスカッとしません。
この先の苛酷な運命を淡々と語る小林フリッツに、どよんどよんになります。
登場人物の誰に感情移入し、問題意識をどう持つか、観客に問いかけるお芝居でした。

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