謡曲史跡嵯峨嵐山早回り(リクエストエントリその2)
すっかり師走の風物詩となった嵯峨嵐山のライトアップ。古来、桜、月、紅葉、雪の名所の中の名所とされているこの界隈は、一日かけてゆっくり散策がおすすめです。
嵯峨嵐山は、別業や隠れ家が設けられていましたので、権力や愛を失い、昔の栄華をしのび恋の熅と向き合う主人公を、所縁の人や旅の僧が訪れるという共通のストーリー展開となっています。嵯峨嵐山の風景は、これらの物語を愛した人々が、手間暇と時間をかけて、それらに相応しく守り育ててきたものですので、京都の人々の美意識のエッセンスのようなものとなっています。
渡月橋
右京区の史跡名勝嵐山にあり大堰川(桂川)に架かる橋。承和年間(834-48)僧道昌が架橋したのが最初。京福電車嵐山200メートル。
能の「嵐山」はこんな感じの桜の能です。
帝の命で嵐山の桜を見に来た臣下は、桜の木の下を清める老夫婦に会います。老人はこの桜は吉野の桜を移したので吉野の神々も降臨すると言い、西の空に去り、中入り後、木守、勝手の二神と蔵王権現が出現して舞を舞います。
小督塚
右京区嵐山渡月橋の大堰川(桂川)の左岸少し上流に小督局を弔う五輪石塔がある。塚の場所は最初の隠棲地とされている。
能の「小督」は、芸術賛美、名所と風物、政治と悲恋がないまぜのストーリーで人気の演目。
平家全盛の世。琴の名手小督は高倉天皇(1161-81・応保1―治承5)の寵愛をうけますが、建礼門院(清盛の娘)の恋敵として清盛から2度も御所を追放され、尼にされてします。
能のエピソードは、一度目の追放の際、帝の勅命を受けた源仲国が、ちょうど仲秋の夜、月が白々と照る中を小督が応えることを期待して得意の笛を吹く。すると、見事な想夫恋の調べが聞こえてくるので、音のほうに向かうと、果たして粗末な小屋に小督が隠れ住んでいたというもの。
謡曲は場所を大切に作劇されてますね。↓よろしかったらポチッとお願いしますm(_ _)m。
野宮神社
平安遷都後、嵯峨野に野宮という社ができ、伊勢神宮の斎宮に選ばれた皇女が1年間ここに籠って精進潔斎をする習わしがあった。祭神は天照大神、建立:800年頃(平安時代)。黒木の鳥居、小柴垣が往時をしのばせる(これこれ、おあつらえです。)。嵯峨野めぐりの起点でもある。竹は野々宮竹というそうです。
能の「野宮」はしっとりとしたストーリーです。
晩秋、旅僧が、嵯峨野の野の宮の旧跡を訪れます。昔そのままの黒木(皮のついたままの木)の鳥居や小柴垣を眺めつつ参拝していると、榊を持った里女が現れます。女は、毎年長月(9月)7日に野の宮にて昔を思い出し、神事を行うので邪魔をしないで立ち去るようにと話します。僧が、さらに尋ねると、かつて光源氏が、野の宮に籠もっていた六条御息所を訪ねてきたのがこの日だと告げ、自分こそその御息所だと明かし、姿を消してしまいます。
別に現れた里人から、改めて光源氏と六条御息所の話を聞いた僧は、御息所の供養を始めます。すると、牛車に乗った御息所の亡霊が現れます。御息所は、賀茂の祭りで、源氏の正妻葵上の一行から、車争いの屈辱を受けたことを語り、妄執に囚われている自分を救うため、回向して欲しいと僧に頼みます。
高貴で知的な女人の諦念と、嵯峨の清浄な空気が織り成すストーリーは、激しい嫉妬や怨念はありません。
あの舞踊の元は「葵の上」の方です。
光源氏の正妻、左大臣家の息女の葵上は、物の怪にとりつかれ重態でした。何とか調伏させようと、梓弓(あずさゆみ)の音で霊を呼ぶ「梓の法」の名手、照日(てるひ)の巫女を招き、物の怪の正体を明らかにすることになりました。
姿を表したのは、源氏の愛人の六条御息所の生霊です。近頃は源氏の足も遠のき、密かに源氏の姿を見ようと出掛けた加茂の祭りで、車争いで正妻の左大臣家に敗れ、鬱々と心が遊離するという。そして、葵上の姿を見ると、嫉妬に駆られ、後妻打ち(うわなりうち)〔妻が若い妾(めかけ)を憎んで打つこと〕で、葵上に襲いかかります。
家臣たちは、急ぎ偉大な法力を持つ修験者(しゅげんじゃ)横川(よかわ)の小聖(こひじり)を呼びます。小聖が祈祷を始めると、御息所の心に巣くっている嫉妬心が鬼女となって表われました。恨みの塊となった御息所は、葵上のみならず祈祷をしている小聖にも襲いかかります。
東、西と来ましたので、次は北です。
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コメント
>みゆみゆさま
ワタクシでも若い頃、地謡を習ったことあります。謡は未だに底辺の広い古典芸能ですね。
マイ居住地は滋賀県大津市で、蝉丸神社、関寺小町、三井寺、義仲寺がすぐ近くです。帰りの電車の中で竹生島の次第を口ずさむことも…。四宮、追分…鳰の入江に着きにけりといったところです。
投稿: とみ | 2010年12月29日 (水) 23時22分
やはり京は謡跡がたくさんありますね!
こちらの記事でご紹介されているところは、私にとって馴染み深い曲(稽古したり見たり)なので、訪れたいです。
嵐山は修学旅行以来訪れていませんし(^^;
投稿: みゆみゆ | 2010年12月29日 (水) 22時01分