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2010年2月 4日 (木)

産経関西に上村吉太朗ちゃんの記事が!

 上方歌舞伎に28年ぶりに“子役”が誕生した。上村(かみむら)吉太朗(きちたろう)、8歳。一般の家庭に生まれ育ち、上方歌舞伎のベテラン、片岡我當(がとう)の「部屋子」になった小学3年生。「舞台に出るとワクワクする。将来は絶対、歌舞伎俳優になりたい」という。吉太朗の活躍は、上方歌舞伎再興の明るい材料になりそうだ。(亀岡典子)

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 吉太朗は平成13年、大阪生まれ。岸和田市内の小学校に通う3年生で、地元のだんじり祭の太鼓をたたくのが好きという男の子だ。

 歌舞伎に興味を持ったきっかけは、祖父が上方歌舞伎の女形、上村吉弥と知り合いだったことから。吉弥の舞台を見に行くうち、「歌舞伎っておもしろい。自分もやってみたい」と思い、日本舞踊のけいこをするように。19年5月、大阪のワッハホールで行われた吉弥の自主公演「みよし会」で、「国訛嫩笈摺(くになまりふたばのおいずる)・どんどろ大師の場」に上村吉太朗を名乗って巡礼お鶴の役で初舞台を踏んだ。

 同作は、幼いころ別れた母お弓と娘お鶴が再会するという物語で、吉太朗のお鶴のけなげさが観客の涙を誘い、以降も「霊験亀山鉾(れいげんかめやまほこ)」(大阪松竹座)の石井源次郎など子役の大役を次々と演じた。

 勉強熱心さと「歌舞伎俳優になりたい」という強い希望が認められ、昨年12月、京都・南座の顔見世で、吉弥の師匠である我當の部屋子に。「時平の七笑(しへいのななわらい)」の稚児・松乃丸で披露された。今年1月には松竹座の「仮名手本忠臣蔵」に子守娘と丁稚(でっち)松吉で出演した。

 吉弥は「熱心で、お芝居の雰囲気が大好きな様子。舞台度胸もある。ただ、いったんこの世界に入ったらすべてが修業」と話す。

 もともと関西は御曹司や名門の出身でなくても、素質があれば抜擢(ばってき)する土壌がある。我當は「吉太朗は踊りの筋もいいし品もある。小さいころから歌舞伎のにおいを身につけるメリットは大きい。精進して、将来は上方歌舞伎を背負う存在になることを信じている」と期待する。

 「もっといろいろ勉強して、女形も立役(たちやく)もやれるようになりたい」と目を輝かせる吉太朗。次の舞台は2月10日から14日まで京都・南座で上演される吉弥主演の歌舞伎鑑賞教室で、初舞台と同じ「国訛嫩笈摺」の巡礼お鶴を演じる。

 部屋子 一般家庭の子が幹部俳優の楽屋に預けられ、舞台の芸や行儀などを仕込まれる立場をいう。一般の子役と違って幹部俳優になるための英才教育を受ける。関西で部屋子が誕生したのは、花形役者として活躍中の片岡愛之助以来、28年ぶり。愛之助は昭和56年、人間国宝だった十三世片岡仁左衛門の部屋子となり、その後、十三世の次男、片岡秀太郎の養子になり、上方歌舞伎のホープとして期待されている。

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