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2009年4月26日 (日)

歌舞伎鑑賞教室 in 南座・感動の千秋楽

昨日は、鑑賞する方が緊張していたので、心から楽しむつもりで本日の千秋楽に出かけた。席も気合を入れて2階最前列中央。
千秋楽ならではの吹っ切れた舞台だった。中啓の舞では鐘への執着を見込む決まりの形で見せ、あまり怖い怖い顔をなさらない。どこまでも折り目正しく吉弥丈らしい。長唄のくだけた調子になったところが昨日と異なりぐっと表情が若々しく華やいだものに…。毬を追う表情にも勢いがあった。
待ってましたの「恋の手習い」。大人の女性が恋の知り初めの頃を懐かしむ風情をしっとりと。廓の色模様と清姫の恋を重ね合わせる重要な場面だが、すっかり手のうち。控え目な女性ほど思いは深く、悲しみは密やかに。ライバルはあの方だけと見た。死角があるとすれば、人間離れがしていないことだけか。妖怪変化、あやかしの者という非現実感に乏しい。いい意味でリアリティのある女性の悲しみの表現者であることと裏腹の欠点なので、個性と好き好きの問題であろう。
激しいお稽古でかなり痩せられた様子でお顔もすっきり小顔になられて、恋に悩む風情がお似合いだ。
山づくしから鈴太鼓は、渾身で踊っておられ、観客の心をつかんで疾走しておられた。最後の見得も、怖すぎず達成感を見せすぎた晴れ晴れではなく、行儀の良い丈のお人柄がうかがえるいい表情だった。

カテコでは全員揃って鳴り止まない万雷の拍手と美吉屋の掛声が飛び交うなか、厳かに幕。ここで初めて素の表情に戻られた。

もう5月3日から花形歌舞伎が開幕する。また、元のしどころの少ない老女の役割を担われる丈だが、京都の春を桜とともに彩っていただいた舞は忘れない。

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コメント

>火夜さま
素に戻って演技者であることを忘れる方が多い千秋楽ですが、吉弥丈は鐘入り後も清姫のままでした。
痩せられましたがお顔は晴れ晴れと輝いておられ、わたくしめは、感涙にむせんでおりました。

投稿: とみ | 2009年4月27日 (月) 12時13分

>ムンパリさま
お恐れながらの発言理由は、「恋の手習い」は、菊様は出られず、「ふっつり悋気」からですから…。鐘をにらみ溶かす怖すぎるお顔は、そういう演出のときだけと思われますが、似合不似合いがあります。
人間国宝さまは、若い娘の恋への期待感がにほひ立たれます。
娘道成寺が女形の博士論文と言われ、それぞれ役者さんが何者であるか顕らかになるんですね。どなたの花子も質が異なって素晴らしく、同じ役者さんでも公演ごとに、日ごとに違われます。
博士論文に挑戦させていただいたのは誉れです(涙)。

投稿: とみ | 2009年4月27日 (月) 08時56分

なんて愛情たっぷりな記事〜。
千穐楽と前日までとは表情が違ったんですね!
鐘に近い位置のお席で観ていたので、お顔をたっぷり拝見しました。
幅広い年齢層のいろんなひとが集まった客席がひとつになって拍手しているのがなんだかうれしかったです〜。

投稿: 火夜(熊つかい座) | 2009年4月27日 (月) 07時48分

とみさま。よかったですねー。
「折り目正しく」という表現、なるほどと思います。
それにしても大人の女性を演じる吉弥さんはなまめかしく、切なく。
道成寺もので涙ぐんでしまったのは初めてです。
千穐楽だからというのもあったのでしょうか。
いい舞台を見せていただきました♪ 

> ライバルはあの方だけと見た。
とみさまったら、うふふ・・・。

投稿: ムンパリ | 2009年4月27日 (月) 00時17分

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