冬物語 時だけが成しうる奇跡もある
2月21日(土)、梅田芸術劇場シアタードラマシティでマチネ観劇。
The Winter's Tale
戯曲:W. シェイクスピア
翻訳:松岡和子
演出:蜷川幸雄
出演
シチリア
王レオンティーズ/唐沢寿明
王妃ハーマイオニ・王女パーディタ/田中裕子
貴族カミロー/原康義
貴族アンティゴナス/塾一久、その妻ポーライナ/藤田弓子
ボヘミア
王ポリクシニーズ/横田栄司
王子フロリゼル/長谷川博己
羊飼いパーディタの養父/六平直政、道化その息子/大石継太
ごろつきオートリカス/瑳川哲朗
あらすじ
シチリア王レオンティーズは、幼馴染のボヘミア王ポリクシニーズがシチリアに滞在した折、帰国を引き止める王妃ハーマイオニの言動から、ふたりの仲を疑い始める。危険を感じたポリクシニーズは急遽帰国し、ハーマイオニは臣下アンティゴナスの妻ポーライナに匿われる。レオンティーズは生まれたばかりの王女パーディタをポリクシニーズの子だと思い込み、他国の荒野へ捨ててくるようアンティゴナスに命ずる。心労で幼い王子が急死し、ハーマイオニは死んだと伝えられて初めて、レオンティーズは自分の過ちに気付き激しく後悔する。
16年の歳月が流れた。ボヘミアの王子フロリゼルは羊飼いの娘パーディタと身分違いの恋に落ちていた。息子の相手を探るため、変装して毛刈り祭に紛れ込んでいたポリクシニーズは、二人の婚約に激怒する。そして、二人はシチリアへ亡命する。
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演劇・観劇・ミュージカル
「冬物語」は、「ペリクリーズ」,「シンベリン」,「テンペスト」とともに悲劇とも喜劇とも分類できない「ロマンス劇」と称される。共通するのは、憎しみ合い離散した家族や友人が、つらい歳月を経て、幸せな和解を果たすという筋立てだ。一見荒唐無稽なご都合主義の展開が多く,おいおいといいながらも、筆の力で最後は涙にねじ伏せられることとなる。“The Winter's Tale”という文字とおり御伽話の枠組とは裏腹に,人間全てへの深い愛と平和への祈りが観客を包み,心が熱くなる。
1幕と2幕とでは、あたかも異質の劇のようだ。シチリアを舞台とする1幕では,荒れ狂う怒りにより、愛も友情も忠誠も破壊し尽くす。報復と流血が似合うシチリアのイメージは赤で表現される。ボヘミアを舞台とする16年後の第2幕は,一転して陽気で猥雑な喜劇的展開となり,豊穣と沈静の青に象徴される。
1幕で理不尽にも酷いメにあいながら、2幕,石頭のわからずやの頑固親父となるのは皮肉にもポリクシニーズだ。二人は幼馴染で共に遊んだ無二の親友の間柄。蜷川さんは紙飛行機に友情と,何かの達成を夢見た憧憬を託す。
さて、シェイクスピアはシチリアもボヘミアも訪れたことが無い。戯曲だけを読めば,1幕はモノトーン,2幕はカラフルに演出したいところだが,南北が逆のようだ。21世紀の我々は,蜷川さんの力で、シチリアの乾燥,ボヘミアの湿潤を、赤と青という基調色により、戯曲のイメージと風土の印象を、違和感なくまとめあげた舞台を見られる。
大団円は,一同が見守る中でハーマイオニの石像が動き出す有名な場面だ。分かりきっていても,いざ石像が動き出し、レオンティーズが「ああ、あたたかい!」と叫びを上げるとき、観客の心も驚きと喜びに満たされる。
全編,手堅い演出で,シェイクスピア劇の香気を感じさせてもらえるすばらしい舞台だった。
また,シェイクスピアの役の命名が素敵だ。和解の原動力となる王子の名がフロリゼル・花の精霊で,咲き誇る若者だ。長谷川さんの清潔感はジャスミンのような白い花を髣髴とさせる。老人の姿が最も美しいという主演カップルは元より,ちょっと唐沢さんを意識して背伸び気味の横田さんの拵えがいい感じ。
実は、最もタノシミにしていたのが2幕冒頭の擬人化された時の精霊だ。ト書きには,「時の老人は真っ裸で,前髪一房残したつるっぱげの老人の姿」とある。翼があったり大鎌をもっていたりすることもあるとか。過去に見た演出では,レオンティーズ役者が,2幕は出番が少ないのを補うという実益と,時を失い老人となってしまったリオンティーズの視覚化ということで出ておられた。唐沢さんのまっぱ&つるっぱげに期待するなという方に無理があろう。
仮面を付けた身体能力の高い宮田さんが、あっという間に生まれてから死ぬまでの様子をマイムで演じられ素敵だった。
失われた時,取り返しのつかない時,不可逆に進む無情の時であるが,薄らぐ苦しみや憎しみ,心の傷の癒し,赦しと和解,失われた無力な赤子が幸福と繁栄をもたらす青年として回復するという時だけが成せる奇跡があるのも真理だ。
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コメント
>ぴかちゅうさま
シェイクスピアさんの時代の観客はシチリアもボヘミアもアテネもご存知ないですが、今は皆知っておられますので、何か説明つけなければなりません。シチリア州旗のデザイン素敵ですねえ。2幕のオートリカスの幕前芝居も良かったですし、観客の身になりツボを押さえた演出でした。
鞭打ちや五体投地がないのは、裸の荒行が唐沢さん向きではないからでしょう。みょーに唐沢さんの裸に期待しすぎました(自爆)。
投稿: とみ | 2009年3月12日 (木) 15時24分
>スキップさま
まあ、こんなもんです。
このパターンの母娘二役の弱点は、花の若者をフロリゼル役者一人が担わなければならないところです。長谷川さんきれいでピュアでした。
平幹版は、レオンティーズと時のおじさん、ハーマイオニと祭りの花形ダンサーの二役。宝塚歌劇では、主演レオンティーズとパーディタの二役でした。オールメールシリーズでこのパターンも期待しちゃいます。
投稿: とみ | 2009年3月12日 (木) 10時42分
>麗さま
運命の女神さんは天秤もったはります。生命の女神さんは糸車とハサミ。それにしても舞台美術は大事ですね。観客までたくさんの彫像にしてしまわれるところもナイスでした。
因業親父、石頭親父があって、パパは断然物分かりがよくって情に熱い羊飼いオヤジがいいですね。
投稿: とみ | 2009年3月12日 (木) 09時04分
大体ボヘミアには海なんてないのにパーディタはボヘミアの海岸に捨てられるというありそうでなさそうな嘘の国の設定=ここもお伽噺!ですよね。
12月にイタリア旅行でポンペイにも行ったのでポンペイレッドの壁画そのものの一幕の背景に感動しました。ベスビオ火山は活動期に入っているそうです。レオンティーズの嫉妬心の効果音にも地鳴りがしていておおおっと思ってしまって、ぐっと思い入れながら観てしまいました(^^ゞ
>2幕冒頭の擬人化された時の精霊......こちらで書いていただいてようやく記憶が甦ったくらい忘れていました。なるほどシェイクスピアも凝った演出を盛り込んでたんですね。
キリスト教のドミニコ会が身体を鞭打つ修行を入れていたようでサン・マルコ修道院の壁に絵があったような記憶があります。キリストの受けた苦痛を思い知るためのようですね。
自らを責め続ける16年。唐沢くんが二幕で成長を見せてくれて嬉しかったです。
生きていく力が弱った時にじんわりと励ましてくれるような温かいハッピーエンドでした。
投稿: ぴかちゅう | 2009年3月12日 (木) 01時31分
とみさま
とみさまのシャープで知的な修辞に彩られたレポを
じっくり味わわせていただくのは何だかお久しぶり
のような気がします(笑)。
私はこの「冬物語」を観るのは初めてでしたので
あの結末にはレオンティーズと同じくらい驚愕し
また心から喜びました。
荒唐無稽とも思えるストーリーを普遍的な人間愛
へと昇華させるシェイクスピアの筆力、蜷川さんの
シンプルながら力強い演出、そして役者さんたちの
熱演が生み出したすばらしい舞台でした。
唐沢さんのまっぱ&つるっぱげはちょっと見て
みたかったかも(爆)。
投稿: スキップ | 2009年3月12日 (木) 01時17分
なるほどー!
とみさんの記事を読んで、
冒頭のパントマイムの意味がようやく理解できました!(遅いって?)
ピンスポ浴びて、半裸姿で登場してきた時、
頭の中で(なに?なに?)っと”不思議ちゃん”がダンスしてたもんで・・・。(笑)
>唐沢さんのまっぱ&つるっぱげ
あははは!
私もその姿を観たかったかも!?(笑)
この舞台、シェイクスピアながらも内容は非常に分かりやすく、
出演していた役者さん達が皆さん魅力的で、素晴らしかったです。
いつまでも飛び続ける紙飛行機がとても印象的でした。
投稿: 麗 | 2009年3月12日 (木) 01時09分