トロイ戦争は起こらないだろう in 京都劇場・千秋楽 阿久津さんのおみ足に釘付けは正しい鑑賞法だ
早いものでトロイ戦争は20日千秋楽となった。この日も初日と同じエクトールかぶりつき席で鑑賞した。
エクトールのおみ足しか目に入らんのかい!阿久津さんの大腿筋以外の感想はないんかい!と自己突っ込みを入れているが、これはおとみの不徳のいたすところではなく、演出家と舞台美術家金森馨氏の仕掛けたトリックだ。
舞台上手に屹立する巨大な兵士の足の装置は、トロイを蹂躙する兵士の足であり、侵入する木馬の暗喩でもあり、地上に増えすぎた人類を苦々しく眺める神々の怒りとも恫喝とも見受けられる。巨大な装置の足と相似形の美しいおみ足に目が釘付けなのは正しい演劇の鑑賞法だ!
さて、ジロドゥは作家であり劇作家であるが、フランスの外交官でもあり、この戯曲を書いた1935年は、ナチスドイツの台頭によりヨーロッパ全土を襲うであろう大戦の影を当事者として見据えていたとされている。
1914年、第一次世界大戦に従軍し負傷。翌年、諜報活動中に再び負傷し、受勲した。第二次世界大戦では情報局長を務めるも、ドイツ軍進攻により辞任、1944年1月、平和を目前に病没。苛烈にして優雅、果敢な行動と透徹した視座を持つフランスの知的至宝であられた。その生涯に思いを馳せると、平和を希求する力の凄まじさに頭を垂れる。
主題は、人間の愚かしさと神々(運命)の気まぐれによる避けがたい戦争である。人間の愚かさとは、体面、虚栄心、復讐心、狂信であり、運命の遊戯とは不用意な皇太子の火薬庫の中のパレード、盧溝橋の最初の発砲などである。
ジロドゥは、劇中の登場人物ギリシャ軍全権大使イタカ王ユリスの台詞の中で真情を吐露する。戦場を知るエクトールは、戦争を知るユリスの言葉を理解する(涙)。
「天と地の間に、運命は罠を仕掛ける。うっかりそれに触れてしまった者は、戦争という舞台上で死ぬまで踊り続けなければならない。歓ぶのは神々のみ。もはや、スパルタ王妃エレーヌを返還しても戦争は避けられない。私は15年間、エレーヌの何たるかを監視してきた。エレーヌは、神々の罠そのものなのだ。」
「それでも、運命の裏をかき、人知を尽くして戦争を避ける努力をしてみよう。人間の神への挑戦だ。やってみる価値はある。エクトール。」
結末は、和平への最終努力を行った指揮官ユリスの理論どおり、皮肉にも愚者の些細な突出が大戦のトリガーとなる。ギリシャの酔漢オイアクスがエクトールの妃アンドロマックに狼藉を仕掛けたのを見て、「戦争だ!」と叫んだトロイの好戦派デコモスを、エクトールが刺殺する。しかし、最後の声を振り絞り、「オイアクスにやられた。」と叫んで息絶えたのだった。
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運命の罠は、人知をかいくぐり、形を変えて仕掛けられていた。「トロイ戦争は起こるだろう」エクトールの震える声(号泣)
取り返しのつかないアクシデンタルな開戦に震撼となっているうちに幕。
全編、修辞に彩られた詩的な台詞の応酬で進むが、なかなか味わう暇を与えてくれない。気になった台詞をメモっておこう。
愛のために戦争をするなんて不能者の愛し方だわ。
開戦前夜、両軍の指揮官は握手をかわし友好的に別れる。しかし、翌日、戦争は始まる。
戦死者の中にも、勇敢だった者、卑怯な者の違いはある。そして、人間を平等にする最も愚劣な手段が戦争である。
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