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2008年7月 4日 (金)

おとみの原風景Ⅱ「大大阪の時代」の記憶を留める道修町界わい

Nec_0011Nec_0011_2唐突に思い出した。30万ヒットの前祝に,おとみの原風景シリーズPartⅡを勝手にアップする。
おとみと谷崎の春琴抄のヒロイン春琴(フィクションではあるが)の共通点は、生家の店が大阪船場・道修町ということだ。ということは、同じ小学校(明治初等に開校していた元集英小学校)の学童のはず(ほんまかいな)。
小説の舞台に設定された道修町界隈では、明治の豪商の店構えを今に残すのは、小西儀助商店だけだか、大正末期から昭和一桁の「大大阪の時代」を今に伝える様式建築の宝庫だ。
写真は,明治36年築の儀助商店と昭和5年築の元生駒時計店。

大大阪の時代とは,関東大震災の後,戦時色が濃くなる10年余りのこと。関東大震災のため、関西に移住してきた文化人、財界人の力も加わり、モダン文化が花Nec_0010咲き、世界と肩を並べ輝いたディケイドがあった。谷崎潤一郎も,関東からの移住者の一人で、細雪をはじめ関西を舞台にした傑作を残した。写真は,少彦名神社境内地のくすりの道修町資料館の前に建立された春琴抄の文学碑。
今も,中央公会堂、証券取引所等の公共建築や大オフィスビルだけでなく、凝った意匠の小振りの民間建築も残り、自由闊達な峠の時代の息吹きに思いを馳せることができる。
今も大正昭和の近代洋風建築が残るということは,谷崎とおとみの原風景は同じといえるかも…。
中心業務商業地区の町としての地位を失った高麗橋界わいは、喧騒を離れ、大阪の文化的プライドを取り戻し、大人が憩えるスポットとして生き続けている。
レトロビルをコンバージョンしたカフェやレストランも整備され,もはやエトランゼとなってしまった者には郷愁を,初めて訪れる者には珍しい異空間を楽しませてくれる。

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コメント

>悠さま
深津絵里さん主演。再演やし見たかったんです。見たいものが多くなりすぎると、みんなあきらめてしまっている最近です。
原作は、主人公は佐助、男の妄執、盲従が主題です。どのようにあしらわれたか興味津々です。

投稿: とみ | 2009年3月 9日 (月) 08時51分

サイモン・マクバーニー 演出の「春琴」観てきました。普通言われるS&Mより、フロイトが初期に従事したヒステリー患者みたいなひろがりをもっていて面白かったです。
感想TBしておきます(^^)

投稿: 悠 | 2009年3月 8日 (日) 21時40分

>hitomiさま
小学生のときは,小西家もクラスメイトの小西さんの家という認識しか持ってませんでした(笑)。テレビや映画の春琴抄が道修町とは想像もつかしません。文学碑もできたんはつい最近とか。しらなんだ~。谷崎の偉大な力により,現実とは異なる幻影が生み出されるということからも,文学とは偉大です。
モデルの春琴は松子夫人,佐助は谷崎ですから,あほらし~。好きにしとくなはれです(爆)。

投稿: とみ | 2008年7月 5日 (土) 09時37分

春琴抄の世界とリンク、おとみさまにぴったりです。

こういう昔の立派な建築が大好きです。大事にしてほしいですね。

投稿: hitomi | 2008年7月 5日 (土) 08時49分

>やたけたの熊さま
バカ話にお付き合いいただきありがとうございます。京都にも小振りで凝った意匠の洋風建築があります。いえ,擬洋風と申しましょうか,まちの大工さんが洋館を真似て拵えた愛しい建築物も…。
近世の意匠の京町家より,近代の洋風建築にノスタルジーを感じる天邪鬼なおとみでございました。
歌舞伎では見たことなく,文楽で初めて見た淡路町の段も好きです。

投稿: とみ | 2008年7月 4日 (金) 20時47分

おとみさんが、春琴と同じ小学校のご出身とは、存じませんでした(笑)。

道修町には、モダンなビルが残ってますね。建物に品格を感じます。京都の町屋にも匹敵する文化財だと思います。

道修町のすぐ近くの淡路町。吉野寿司の店前には、「梅川、忠兵衛ゆかりの淡路町」の石碑があります。

道修町界隈は、風情がありますね。

投稿: やたけたの熊 | 2008年7月 4日 (金) 17時56分

>つどいさま
加筆中にコメント頂きありがとうございます。書き直しました。
春琴抄は,大正の関東人・谷崎が明治の船場や許されざる恋や女性への憧憬を作品化した文学ですから、現実のまちのイメージとは異なると言われています。
しかし,大大阪の時代はホンマの話。御堂筋が大阪の業務のメインストリートとなったため,このような景観が残ったのでしょうか。
遊び場だった三越百貨店がマンションになってしまったのは残念ですが、上昇の息吹は継承されているように感じます。

投稿: とみ | 2008年7月 4日 (金) 08時47分

生駒時計店,堺筋倶楽部などいくつかの小さなオフィスビルなどかつての大阪のメインストリートの面影が残っていますね.

先日,あるところで記念品として私には不似合いな高級なボールペンをいただいたのですが,生駒時計店の包装だったので,とっても嬉しくなりました.

ビルが残るだけでなく,活動も継続することが大切だなあと思っています.
これからの原風景シリーズを楽しみにしています.

投稿: つどい | 2008年7月 4日 (金) 08時12分

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