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2008年2月28日 (木)

リア王・良心という銀糸で舞台を繋ぐ高橋エドガー

戯曲リア王には,邪悪な庶子が引き起こすグロスター家の悲劇が副筋として添えられる。
はじめ,老グロスターは,王をないがしろにする姉達から王を守ろうと小細工を弄する。しかし,庶子エドマンドはコーンウオール側に付き,疑いを知らない嫡子エドガーを陥れ,父まで亡き者にしようとする。哀れ老グロスターは,両目をえぐられ,リアと同様,嵐の荒野に放逐される。盲いて初めて真実が見えるようになったグロスターは,それと知らずに,乞食トムにやつしたエドガーにめぐり合い,リアにも会えて噴涙する。

エドマンドは池内博之さん。眉目秀麗で悪の華を感じさせる魅惑的な存在だ。このお役は芸より,素材そのものの危なさで勝負というところが池内さんにぴったり。剣はからきしというところや,二人の邪悪な女に愛されたことだけが冥途の土産というのが色事師らしく素敵。
エドガーは高橋洋さん。蜷川さんの舞台には欠かせない華と実力を兼ね備えた役者さんだ。オセロでのイアゴーも記憶に新しい。一幕では,上品で人畜無害系,印象の薄い若者だが,運命の変転により,二幕では物語をつないでゆく細いが光り輝く良心の銀糸の役割を果たす。
リアの変わり果てた姿に驚愕し,グロスターに涙を禁じ得ず,二人の鬼気迫るやりとりに正気と素をさらけ出しながら慟哭されておられた。エドガー目線は,観客の総代だ。
リア,グロスター,エドガー3人の場面もさることながら,父子の場面がまた素晴らしい。愛されているという確信を得たのに名乗ることもできず,必死に孝養を尽くし,生きる希望を持たせようと老人を説得する若者だ。エドマンドの計略を暴くべく,挑戦者として舞台に上がる力強さ,清々しさには,救いの無い物語の救世主として再び観客の期待を一身に担う。綺麗な剣さばき,真田さんに似たお姿に,ハムレットも道化も見たいと望んでしまう。
吉田さんは,忠心は篤く,騙されやすく好色というどこにでもいる親父殿だが,悲運に翻弄された結果,運命を受け入れ,命尽きるまで生きることを決意する。リアの能動に対し受動,壮絶に対し哀切,覚悟と諦念。リアと伴走するが,リアの到達した高みの遙か手前で力尽きる。間違いなくリアの後継者であられる。吉田さんのリアは必ず見届けるぞ。

副筋にしてこの分厚さ。語り尽くせない重厚な舞台だった。

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コメント

>向日葵さま
狂気とカリスマ性に優れてはおられませんが,台詞の力で舞台をいえこの世を動かすお力をお持ちです。
つい,真田さんと似ておられますので,道化を思い出してしまいます。最初は道化に期待していましたが,リアが小僧とおっしゃるからには,山崎さんの世代が似つかわしいと知りました。

投稿: とみ | 2008年3月 4日 (火) 03時59分

高橋洋さん、蜷川シェイクスピア喜劇での狂言回し役で出遭って以来、その才に惚れこんでおります。
後半部、セリフがなくとも、背中で全てを表現しておられました。
苦行僧のようであり、まるで若きブッタのようだと感じつつ見ていました。

投稿: 向日葵 | 2008年3月 3日 (月) 19時35分

>スキップさま
トラコメありがとうございました。
リアとグロスターの邂逅は,このお芝居のクライマックス。グロスターの泣き声は,火のついたように泣く赤子のようで,もうあかん状態になりました。
後ろで素に戻って泣いておられる高橋さんを見てまた泣けますし…。
席からなかなか立てなくもたもたしてご挨拶も叶わず失礼致しました。また,芝居談義で盛り上がりましょう。

投稿: とみ | 2008年2月29日 (金) 12時59分

とみさま
とみさまのこのレポを読ませていただいても、
キングリアはさておいて、これだけでひとつの
物語が成り立ちそうですね。
原作・演出・役者 最強トライアングルのハイ
レベル結集と拝察いたします。
>吉田さんのリアは必ず見届けるぞ。
はい。ぜひ。
しばらくはリア=平幹二朗さんみたいな感覚です
が、いつか鋼太郎さんのリアも観たいです。

投稿: スキップ | 2008年2月29日 (金) 02時21分

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» お前の名はグロスター [地獄ごくらくdiary]
第2幕はほとんど泣き通しのような状態だったのですが、中でも一番胸に突き刺さったセリフがこれです。権力を握った二人の娘の冷徹な豹変ぶりに憤怒し荒野へと出奔した末に狂気へと蝕まれていくリア王と、リーガン夫妻に目を抉り取られ盲目となって、長男のエドガーに手を引..... [続きを読む]

受信: 2008年2月29日 (金) 02時23分

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