京鹿子娘二人道成寺再見・二つの結末を持つミステリー
ベストセラーミステリーがドラマ化されたとき,ノベルと全く異なった結末が用意されていたとしたら,そしてそれが,衝撃の結末だとしたら,こう叫ぶしかない。
「やられた!」
舞台を鑑賞してこのような経験をするのは,アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」を初めて観劇したとき以来だ。巨匠クリスティは,小説と戯曲では異なる二つの結末を用意し,二つながら傑作だ。しかし,これは作家にとってはリスキーな試みだ。原作に心酔し,物語に浸りきっているファンにとって,結末が書き換わることは,自己を否定されたようで,反感が生じることがあるからだ。敢えて取り組むにはその得失を考え抜いたうえのことであっただろう。
何について書いているかというと,本日千秋楽を迎えた,大阪松竹座「坂東玉三郎特別舞踊公演」の「京鹿子娘二人道成寺」である。
市川海老蔵丈が演じる大館左馬五郎による押し戻しまでの上演となった大阪松竹座バージョンは,初演,再演,シネマと構築を続けてきた光と影のデジタル画像の世界から,一気に江戸歌舞伎荒事の世界に押し戻す。
コンセプトは,今回変更となった部分に凝集されている。
「ただ頼め〜」の紫紺のお衣装を脱皮し,墨色の鈴太鼓になったところで,現れるはずの玉三郎花子が登場しなく,菊之助花子の孤軍奮闘のうちに鐘入りとなる。鱗四天が引き上げると,中には,後シテの拵えとなった恐ろしい形相の玉三郎清姫が…。菊之助清姫はすっぽんの切穴から出る。
期が最高潮に熟したところで左馬五郎が堂々の登場。
「大和屋の兄ぃと音羽屋の菊之助によく似た化け物め」
「オレの親父の市川團十郎が幾度も勤めし十八番、歌舞伎の花の押戻し」
空気を変える大音声(やんややんや)。
綺麗な見得の数々の後に,鐘の上に二人の清姫の怨霊が,鎌首をもたげる双頭の大蛇の絵面で鎮まり幕(もうどうにでもしてくれ〜)。
進境著しい菊之助丈であっても,鈴太鼓がお一人では,大蛇側は戦力ダウン。しかも,主体の恐ろしげな玉三郎首が先に正体を割り(最近正体割り過ぎ),ダミーの可愛らしい菊之助首も同じ姿に…。
ここで,過去の上演でお二人が担った光と影,実体と虚像の位置づけが反転していることに気付く。菊之助丈がすっぽんの切穴から登場するのが何よりの証拠。くどいが,正体は蛇体で娘姿が幻影だ。
「こういう玉三郎丈をあと何年見られるだろうか。」,「三人が揃うのはこれが最初で最後になるかもしれない。」という(本題以外の)涙のツボの仕掛けはこれだ。何という自己に厳しく凄まじい演出か(涙)。
過去の上演はテーマ寄り,松竹座版はエンタテイメント寄り。耽美から勧善懲悪,情念から通力へ…。書き換え狂言の趣向を超えて,スリリングなミステリーを読み進む楽しさを味わわせていただいた。
ああ,ミステリー読破には避けられないつらいときがくる。解決編を開けば結末だ。
しかし,創造を続けられる多作の玉様は,早くも次回作をご用意しておられる。貪欲な読者気分にさせていただいたことに感謝し,マイエピローグとなった。
2007年4月1日 シネマ歌舞伎・サブリミナル玉様
2006年2月6日 歌舞伎座二月大歌舞伎・夜の部
2008年2月9日 坂東玉三郎特別舞踊公演 in 大阪松竹座
公演名は,大阪松竹座二月大歌舞伎で良かったような…。いつまでも見ていたい。ポチッ
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コメント
>大夫元さま
コメントありがとうございます。
ご覧のとおり,鋭い指摘をする目や知識を持ち合わせておりません。團十郎丈の押し戻しは拝見したことございません。沈黙。
まー,どちらがよいとか悪いとかおっしゃる方に,「だまらっしゃい。各々方,まだまだ了見が若い若い!」というところでございましょうか。なんでもええんかいと突っ込まれても「なんか問題でも…」というところです。
この文章は起承転結,うまく書けたと自負しております。
投稿: とみ | 2008年3月10日 (月) 12時40分
ドウも、御無沙汰致しております…花餅屋です。
いつも、おとみさんの愛の溢れるレポートを読ませて頂きまして…役者への愛とはこう言ったモノなんだよなぁ…って感じております(汗)
私…やっと、またまた長文のレポートが完成いたしましたので、また、お時間が御座いましたら…お立ち寄りくださいませ。
しかし…もう玉三郎丈は、南座ですね…世の中スピーディです(爆)
投稿: 花餅屋の太夫元 | 2008年3月10日 (月) 02時26分
>マイチイさま
鈴太鼓はざわついてましたね,あれっどうなるどうなるという感じでした。そのなかを踊り抜かれた菊之助丈は立派であられました。
菊之助丈がお一人で舞われても,玉三郎丈はいつまでも背後におられることでしょう。ゾゾゾッ~。
投稿: とみ | 2008年2月29日 (金) 00時46分
>火夜さま
火夜さまが描かれた残像をゆっくり拝見致します。
後見さんも凄かったですね。何もかも完璧であられました。
絵面的には,竹がお水取りの大松明くらいの長さがあっても良いように思いました。
投稿: とみ | 2008年2月29日 (金) 00時40分
>ムンパリさま
お写真迷いましたね。連獅子揃ったお写真がないのがザンネンでした。音が良かった~。
投稿: とみ | 2008年2月29日 (金) 00時35分
とみさま
ははぁ。これは面白いですね。
鈴太鼓になったときに、あれ?お一人なのと思いました。玉さまは、どんな出方で出てくるのだろうと、何かが控えている雰囲気を感じました。
そのとおり。蛇体となった菊之助清姫は、すっぽんからでてきました。
なにかゾワゾワと落ち着きのない感じは、これだったのですね。なるほど。さすが。感心しつつ読ませていただきました。
また、筋書きを眺めて反芻して楽しもうと思います。
投稿: マイチィ☆ | 2008年2月28日 (木) 23時15分
なるほどー。
なんか2つの蛇行するような流れが強調されているような感はあったのですが、蛇体そのものでしたか。
さすが舞台探偵おとみさん(勝手に命名)ですね♪
投稿: 火夜(熊つかい座) | 2008年2月28日 (木) 22時07分
とみさま。素晴しい!そういう見方があったのですね。バランス感覚も、実体と虚像の反転も、意味がわかりました。きっと貴重な舞台を目撃したんですね、私も。
前楽の日、舞台写真だけを買いに寄ったら太鼓の音が聴こえてきて、思わず見たい!衝動にかられました。
投稿: ムンパリ | 2008年2月28日 (木) 19時14分
>ハヌルさま
実は,二人道成寺は,二人の閉じた世界のようで,あまり安珍への執着を読み取れない不心得者のおとみでございました。菊之助丈の奮闘が素敵でした。先に力尽きる設定をなさる玉様も凄いな~。
投稿: とみ | 2008年2月28日 (木) 01時03分
>どら猫さま
失礼致しました。
実は,あまり歌舞伎としての値打ちが分かっていないのです。凄いこと画期的なこととは分かるのですが,田舎者&貧乏人ですので,御父君が幾度も努められたのを拝見できていません。
初心者的な感動しかできないことが恥ずかしいです。
投稿: とみ | 2008年2月28日 (木) 00時54分
>六条亭さま
初演のあでやかな微笑みの玉様,きりっとした菊様のかんばせが思い出されます。再演の度にだんだん怖くなってこられました(+_+)。
お江戸の皆様の評判もさぞよろしいことでございましょう。初の大阪松竹座遠征が大満足なされるものでよろしゅうございました
投稿: とみ | 2008年2月28日 (木) 00時44分
TBありがとうございました!
私はとても素晴らしく貴重なものを観ることが出来たのだと、
とみさまのエントリを読みながら改めて震えました。
やはり舞台は一期一会。
そう思うとまた突っ走ってしまいそうです(苦笑)
投稿: ハヌル | 2008年2月28日 (木) 00時04分
とみ様
陋屋にTBを有難うございました。
このエントリを読んで、こちらもやられた!って感じです。時は過ぎてゆき、この舞台も伝説となっていくのでしょうね。
投稿: どら猫 | 2008年2月27日 (水) 23時50分
拙ブログ記事への二回のコメントありがとうございましたm(__)m。今回の初松竹座遠征は、観劇日程が異なりとみさまにはお会いできず残念でしたが、十二分に満足できた千穐楽観劇でした。
またとみさまのプレッシャーと叱咤激励がなければ、拙感想記事のアップが出来ませんでした(笑)から、厚く御礼申し上げます。
「二つの結末を持つミステリー」という視点は、さすがとみさまならではのものですね。
>「こういう玉三郎丈をあと何年見られるだろうか。」,「三人が揃うのはこれが最初で最後になるかもしれない。」
これはまったく同感ですから、TBをうちました。
投稿: 六条亭 | 2008年2月27日 (水) 21時59分
>hitomiさま
リア王も一世紀半にわたり,ハッピーエンド版が上演されていたとか。
ネタばれ配慮で千秋楽にアップと,ささやかにこだわってます。毎回「賛否両論受けて立ちます」では芸がありませんし…。
印象の違いで戸惑われた方,元の方が好きという方へのメッセージでございます。
先に正体を割る老いた方の大蛇というのが,悲しくも凄まじく…。これも輝かしい菊之助丈あってのこと。どちらにしてもブラボーです。もう少し後段書き込みますね。
投稿: とみ | 2008年2月27日 (水) 12時48分
良くぞ書いてくださいました。永久保存版です。
投稿: hitomi | 2008年2月27日 (水) 09時36分