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2008年2月 2日 (土)

20万ヒット記念リクエストエントリ・直木三十五を訪ねて内安堂寺町に…「今こそ明かそう。おとみの原風景」

Nec_0270_3「風知草」では,キリ番を踏まれた方からリクエストを頂戴して記事にしている。まもなく25万ヒットの背中が見えそうだが,20万ヒットが未だだった。今回は,「おとみ」という難題だっため,たいへん遅くなったが,本日,大阪NHKホールで開催される「おおさか・元気・文楽」の開演前に「直木三十五」ゆかりの地に立ち寄った。

直木三十五文学碑は、その生家の近く・中央区安堂寺町二丁目の石段の踊り場に建つ。この長堀通から一筋北のお祓い通りへの急な石段を上りきると,榎の大木があり、榎大明神として祀られている。ワタクシの生家はこの直ぐ傍ら。敷地も建物もそのままだった(^^ゞドンナウチヤ。

直木賞という文壇のビッグな賞は広く知られているが,その源となった直木三十五の作品も生涯も不思議なほど知られていない。直木は、大正後半から昭和初期に活躍した大衆作家・評論である。大衆文芸勃興期に、新聞紙上、諸雑誌上で活躍し、大衆文芸の地位確立と発展に貢献した。明治42年に生まれ,昭和9年に43歳で亡くなっておられる。
直木とおとみの接点は,大阪市南区内安堂寺町二丁目の生まれということだけだが,この界わいは,大阪大空襲でも戦火を免れ,今も昭和の面影を残している。
Nec_0272_2 近年,修復的開発が行われ,隠れ家的な雰囲気が人気を呼んでいる空堀からは,長堀を挟んで直ぐ北になる。今も同じ風景と地形が残っていることから,時代を隔てても,存外,直木とワタクシの原風景は同じのはずだ。
文学碑の碑文は、代表作品の「南国太平記」の一節で、大久保と西郷の青雲の志が刻まれている。文学界の風雲児として,簡潔な口語の文体で大衆小説という新しい国民的娯楽を確立した直木は,文学界の維新を志したに違いない。

Nec_0273_2さて, 直木三十五記念館は,長堀通と空堀商店街の間の彼が通った大阪の桃園小学校跡地横にある。記念館は、「萌(ほう)」というリストランテや物販店が入る複合施設の2階の一室だ。
彼の作品はあまり知られていないということから、彼が通った桃園小学校跡地横に記念館を作ろうと市民が運動を始めたのがきっかけとか。
中は,直木の所縁の品や再現された書斎などが展示されている落ち着いたこぢんまりした部屋だ。彼の生涯についての説明の音声が流れる。廊下には,直木賞受賞作品が展示されている。

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文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

>スキップさま
お忙しいなか,拙文を御高覧いただきありがとうございました。
実はスキップさまの空堀レポに触発されて難題をまとめました。苦渋のエントリをまとめることができたのもスキップさまのおかげです。マンション開発の波がすぐそこまで来ていますので,見届けることができて良かったです。
そうこうしているうちにもう25万の背中が見えてきました。これ書けたのですから,何でも書けそうな気がしてきました。

投稿: とみ | 2008年2月12日 (火) 01時20分

とみさま
空堀通りには駄食をむさぼりに何度が出向いたことがありますが、
長堀通りをはさんだ北にとみさんと直木三十五の原風景が重なる
場所がおわしましたとは存じませんでした。
あのあたりはぶらり歩いても古きよき大阪のノスタルジーを感じ
るようなエリア。次の機会にはぜひ訪ねてみたいと思います。

投稿: スキップ | 2008年2月11日 (月) 15時51分

>どら猫さま
最近のマイキーワードは,実体のない幸福です。来る貧困社会,殆どの欲望が叶わない状況のなかで,生きる希望となるのは愛と宗教。愛は相手も必要ですし変節しますが,相手がいらない郷土愛や自己愛と宗教こそまちがまちであり続ける「よすが」と思います。
只で3時間は遊べましたし,いい運動になりました。
エステ不要のおとみでがんばってみます。

投稿: とみ | 2008年2月 8日 (金) 19時30分

とみ様
ご案内を頂いてから拝見するまでに時間が掛かってしまいました。スイマセンm(__)m
浅学にして直木賞の由来を存じませんでしたが、大阪にそういう方がいらしたのですね。
大阪の古い街の雰囲気の中で育ったというのは羨ましいと思います。大阪出身とはいえ、大阪のことはあまり知らないので恥ずかしいですね。
もっと、足元を確りと知るようにしなければと思いました。
素晴らしいエントリをありがとうございます。

投稿: どら猫 | 2008年2月 7日 (木) 12時58分

>悠さま
映画関係から押しも引きもあったそうですが,栄光はあまりに短く,切り死にのような人生だったとか。
芥川さんも苛烈ですよね。演劇人の芥川比呂志さん音楽科の芥川也寸志さん,にかろうじて間に合った世代です。
贅沢は素敵だ。消費は美徳,醜男と醜女は出入り禁止という難儀な家風で,直木と同時代の祖父の代に身代傾かせました。

投稿: とみ | 2008年2月 5日 (火) 22時59分

直木三十五っていえば、新国劇って連想なのですが、これはなぜ?か、わかりません。
そういえば、芥川さんの全集はもってたけど、直木さんの本は読んだことがない。
あれ、「大菩薩峠」は、この方?と思ったら違ってました。
直木さんのご近所っていうだけで、いいな〜。(ミーハーモードです)

投稿: 悠 | 2008年2月 5日 (火) 20時36分

>ムンパリさま
大衆小説のはかなさを直木は知らないはずはないという気もしました。賞の創設はまさに菊池氏の慧眼ですね。
それより,美味しそうな店がどんどん進出しておしゃれなスポットになりつつあります。

投稿: とみ | 2008年2月 3日 (日) 22時50分

>藤十郎さま
2日は,玉造駅から松屋町まで空堀を歩きました。これは最終章なので,合間に加筆します。
東京ではなんでもない風景が,大阪では希少です。

投稿: とみ | 2008年2月 3日 (日) 22時07分

とみさま。あの直木三十五とほぼ同じ風景を見ていらっしゃったとは! ブログの視点といい、観劇時の拵えといい、そのセンスが生まれ育った環境と深〜いつながりがあったこと、もうナットクでございます。生家付近も空堀もそのままだなんて素敵ですね♪
菊池寛が直木賞を設けてくれてよかったですよね。省略せずに「直木三十五賞」と言うべきでは?(笑)

投稿: ムンパリ | 2008年2月 3日 (日) 11時18分

たぐいまれなまでに洗練されたおとみさんのセンスはこの町で生まれたのですね!
実は私もつい先日安堂寺町に行ったのです。もう一歩足を伸ばせば直木三十五記念館だったのですが、行けませんでした。
直木は私もあまり多くは読んでいませんが、結構好きなんですよ。

投稿: 藤十郎 | 2008年2月 3日 (日) 10時35分

>hitomiさま
直木三十五と申しましても,地元以外は超マイナーですよってに…。
ワタクシの生家は,勿論今は別の方がお使いです。途中木戸があって長屋の露地を抜け裏通りに出る不思議な空間でした。ただ,マンション開発がすぐ際まで来てました。リクエストが無ければ,敢えて立ち寄らないところですので,本当にm(__)m アリガトォゴザイマシタ

投稿: とみ | 2008年2月 3日 (日) 08時49分

おとみ様、難題でしたか、すいません。いつもウィットに富んだ文章に感服しております。やはり大阪の力でしょうか。かないませんが今度ともよろしくお願いします。
直木三十五は有名なのにって本当ですね。記念館の方も見てきました。映画のマキノとの接点、そういえばうろ覚えに聞いたような気がします。名言手ぬぐいも面白いですね。

もうすぐ25万ヒットですか、ますますご発展されるでしょう。粋でお洒落、マネができませんもの。

投稿: hitomi | 2008年2月 2日 (土) 23時46分

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