【文楽を歩く】近江源氏先陣館 盛綱の秘かな決断
玉女さんと玉勢さんが,ライター亀岡さんと瀬田まで来られていたようだ。まだ,IZA!に写真まで掲載されていないが,産経新聞に記事があった のでまもなくだろう。
浄瑠璃「近江源氏先陣館」は,秋の演目で,11月の国立文楽劇場で,吉田玉男追善狂言としてかけられ,吉田玉女さんの緻密さと潔さを兼ね備えた佐々木三郎盛綱を見せていただいたところだ。人形の真の主演は,母微妙だが,物語を牽引するのは佐々木四郎高綱の嗣子・小四郎だ。出ずっぱりの玉勢さんが,いじらしさと健気さと賢さで目立っておられた。(玉勢さんの)写真も早くアップしていただきたい~。
瀬田の唐橋は,瀬田夕照(せたせきしょう)と近江八景にもその名を連ね,日本三橋の一つでもある。水陸の交通の要衝でもあり,古来,戦の決定的な局面を迎える戦跡の橋でもある。春の琵琶湖マラソンのコースになっており,瀬田の唐橋を制する者はレースを制すると言われている。
昨日は,うかうかと電車を乗り過ごし,気がつけば「石山寺」だった。思わぬ唐橋プチトリップとなった。あー,寒かった。
【文楽を歩く】近江源氏先陣館 盛綱の秘かな決断
近江八景のひとつ、「瀬田の夕照(せきしょう)」を見てみたい。しかしそんな願いは、京都から延々続く渋滞で残念ながら叶(かな)えられなかった。大津に着いたときには日はとっぷり暮れ、瀬田川にかかる情緒ある唐橋はもはや夜の闇の中-。
文楽屈指の時代物『近江源氏先陣館』よりクライマックス「盛綱陣屋」は、近江を舞台に、武将・佐々木盛綱の苦衷の物語。弟の高綱と敵味方に分かれて戦う盛綱だが、主家への忠誠と肉親への情愛の間で葛藤(かっとう)し、秘(ひそ)かにある決断をくだす。
「盛綱は人間の器の大きい人。それでいて知性と情もある」。昨年11月の大阪・国立文楽劇場で盛綱を遣った人形遣い、吉田玉女さんはきっぱり語った。
実はこの浄瑠璃の冒頭と段切れに近江の景勝地を8つ挙げた「近江八景」が半分ずつ詠み込まれている。
〈便り堅田の鴈たえて、武士の義は石山や月の弓張矢叫びの矢橋の帰帆陣幕も、ひらめく比良の陣館…〉
近江の美しい詩情と知将・盛綱の苦悩の決断があいまって、「盛綱陣屋」はスケールの大きな世界が展開していく。
■親の忠義に殉じる健気さ
文楽に登場する子供はいつも親の忠義のため、つらい運命にさらされる。
『近江源氏先陣館・盛綱陣屋の段』の小四郎もそのひとり。まだ前髪のりりしい少年は、伯父で敵方の佐々木盛綱の息子・小三郎に戦場で生け捕りにされる。
ともに初陣、同い年のいとこ同士。本当なら仲良く文武に励む少年が敵味方に分かれ、むごい戦いを繰り広げたのである。それもこれも、小四郎の父・高綱と小三郎の父・盛綱が敵同士の立場に立ったからであった。
しかしながら小四郎の胸には両親に言い含められた計略が。盛綱の陣屋に首実検のため持ってこられた父・高綱のニセ首。小四郎はその首を見たとたん、〈『父上さぞ口惜しかろ、わしも後から追付く』と氷の刃雪の肌、腹にぐっと〉突き立てたのである。
「小四郎は子供の部分もありながらも、侍の子としてまっすぐに親との約束を守ろうとしたのでしょう。その小さな胸の中を思うと切なくなります」。昨年11月の大阪・国立文楽劇場で小四郎を遣った吉田玉勢はそう言いながら、若々しい素顔を引き締めた。
さすがの勇将・盛綱も、幼い甥の命を捨てた行動に心打たれ、ニセ首と知りつつ、〈『弟佐々木高綱が首、相違御座なく候』〉とうその報告をするのであった。
文楽の子供たちの運命はあまりにも悲しい。『菅原伝授手習鑑』の松王丸の子・小太郎は、親の忠義のため菅丞相の一子・菅秀才の身代わりとなって首を討たれる。『伽羅先代萩』では乳母政岡の一子・千松が若君の犠牲となって自ら毒入り饅頭を食べる。
しかし過酷な決断を迫られた子供たちは一様に、親のため、主君のためと喜んで死んでゆく。その健気さ。
『盛綱陣屋』の段切れには、再び“近江八景”が詠み込まれている。
〈孫よ甥子の亡骸に憂き事三井の暮の鐘、消え行く子より親心、我からさきの夜の雨、父には一目粟津の嵐、木の葉の紅葉掻寄せて夕べを照らす瀬田の橋…〉
死んでゆく小四郎の顔が輝いて見えた。
文・亀岡典子
| 固定リンク
「文楽」カテゴリの記事
- 文楽初春公演初日行ってきました(2015.01.04)
- 竹本住大夫師匠が引退を発表なさいました(2014.03.01)
- 文楽初春公演(2014.01.13)
- 文楽地方公演 in 京都 まだ朝顔が咲いているんです。(2013.10.07)
- 鑑賞教室を一度しか拝見できなかった反動で、若手会はしっかり確保しました。(2013.06.23)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
>藤十郎さま
「山科」は九段目,「追分」は傾城反魂香,「逢坂」は小町と蝉丸系,「三井寺」は藤娘,「粟津」,「唐橋前」は義仲系,実盛系,近江源氏系,「石山寺」は式部系と,京津線は,記紀万葉,源氏,平曲,謡曲,文楽,歌舞伎,近代文学のご当地です。
わーん,おうちの近くまで来たはったんや…。
ゆっくり書きたいのですが,走り書きばかりの風知草でした。
投稿: とみ | 2008年1月27日 (日) 09時34分
近江はほんとうにいいところですね。
「逢ふ坂」の関を越えて、「逢ふ身」に着いて。
そこに広がる絶景。天下の琵琶湖。
夕照、鐘、雁、月・・・
昔ながらの山桜もあり。
旅心をそそられます。
投稿: 藤十郎 | 2008年1月27日 (日) 00時07分