賢明さには欠けたがあまりにも深く愛した男だったと,「オセロー」
11月17日(土),ソワレを気合で観劇!
梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
作/W・シェイクスピア,翻訳/松岡和子
演出/蜷川幸雄
キャスト
オセロー/吉田鋼太郎,デズデモーナ/蒼井優,イアゴー/高橋洋,エミリア/馬渕英俚可,キャシオー/山口馬木也,ブラバンショー/壤晴彦
あらすじ
ルネッサンス期のヴェニス公国。イアゴーは,傭兵隊長で,百戦錬磨のムーア人将軍オセローの旗手だ。イアゴーは,オセローが同輩のキャシオーを副官に昇進させたことを深く恨み,オセローの秘密の結婚を,花嫁の父に通報する。オセローが妻としたのは,元老院議員ブラバンショーの若き令嬢デズデモーナだ。父の許しを得られない二人だったが,年齢,人種,境遇の障害を超えて,深く愛し合っていた。
折りしもトルコ艦隊が,ヴェニス領キプロスを脅かすという国難が勃発し,オセローはヴェニス艦隊を率い,妻と共にキプロスに向かう。トルコ艦隊は嵐に壊滅し,所領は安堵,オセローはキプロス総督に任命され,平和が訪れたかに見えたが…。
イアゴーは,デズデモーナがキャシオーと通じていると,オセローの嫉妬心を煽り,3人を一挙に滅ぼそうと,キプロスで行動を開始する。
蜷川さんの信頼厚い吉田鋼太郎さんがタイトルロール。また,蜷川さんに育てられた高橋洋さんが,これまでのマーキューシオ系の華やかなお役から一転,どす黒い嫉妬を拡散させるイアゴーを演じる。また,ハチクロなどで透明感ある娘役を好演し,実力と麗姿がそろった蒼井優さんが,初舞台でデスデモーナだ。
『壮年の黒人男性と,若い白人娘の結婚が巻き起こした悲劇』という明快な松岡和子さんの新約に忠実に,愛を求めずにいられない人間の悲しさ,気高さ,愛おしさで観客を叩きのめす最新作!
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演劇 |
陰陰滅滅の悲劇にも関わらず,役者さんのしどころが多く,キャラクターも明快なためか上演回数が多い。ワタクシは,平幹二朗(*2)さん,二世尾上松緑(D:坂東玉三郎さん)さん,松本幸四郎さん,山崎清介さん主演の舞台を拝見している。
蜷川さんの自分を超えてゆくお力はにはいつも感嘆する。役者さんのきらびやかさに幻惑されがちな戯曲の主題を,華やかさそのままに,感動と共感の真髄に迫られた。階級闘争,ジェネレーションギャップ,人種差別,女性差別,DV…一見舞台を埋め尽くしているかの黒のコマは,これ以上ない愁嘆場にあって瞬時に反転し,白のコマとなる。
時制と国籍は,しっかりルネッサンス期のヴェネツィア共和国で,本国を表現するときは,守護神の獅子の壁画,元首の緋色のお衣装等色彩を多様。
キプロス島では,装置はモノクロームでシンプルなものとなり,役者さんの動線重視の演出だ。彩の国さいたまでは,客席上のギャラリーを使われたことだろう。見たかった~。
勝因はキャスティングだ。吉田オセローは,愛により結び合わされた誇り高い王族の両親から生を受け,勇気と胆力でヴェニス公国のお抱え将軍として一身に畏敬を集めているが,無垢な魂を持つ愛に飢えた男でもある。蒼井さんは,吉田さん相手に一歩も引かない無垢さで対決。涙をぎゅーぎゅーに絞られるパワーには敬服する。高貴な魂を持つ娘がオセローを愛するには何の不思議もない。
どれほど愛し合う二人であっても,イアゴーという媒体が無くとも,年齢差による別離という悲しい結末は避けられなかったはずだ。高揚する愛を永遠のものとするためには,ともに死を迎えるという結末しか無かったであろうと納得できる,愛し合いすぎた夫婦の姿だった。
イアゴーの陰謀の物語でもなく,妄想と嫉妬の物語でもなく,愛しすぎた男の悲劇という答えを求めようとするのは,甘すぎるだろうか。
イアゴーは,嫉妬のために嫉妬する。自ら種をはらんで生まれる化け物のような嫉妬を伴侶に生きるしかない。妻エミリアとオセローの仲を疑い,キャシオーの昇進を妬み,オセローの重用と美しい妻を得たことを嫉む。嫉妬という黒死病を媒体する鼠である。
高橋さんの囁く声,つぶやく仕草,大仰な詐術は魅力的だ。ふとした表情の変化に,真田広之さんを彷彿とさせる変幻自在さで息もつかせてくれない。人間らしいようで人間離れした怪物のようなイアゴーを拝見するのは初めて!かっこええー!
カテコとスタンディングオベーションのなか,笑顔の吉田さん,ホッとした表情の蒼井さんと高橋さんに,初めて息を吐いた。はぁ~。息詰まる舞台だった。
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コメント
>ぴかちゅうさま
エントリリンクありがとうございました。
2本に1本しか関西に来ませんので,来た限り拝見したいです。覇王別姫見たいですね~。
投稿: とみ | 2007年12月 6日 (木) 21時56分
以前やりますと宣言しておいて後回しになっていた蜷川さんの演出舞台の感想のまとめ記事をようやくつくりました(ブログを始めてからの分です)。TBさせていただきました。おとみ様とずいぶん同じ作品を観ているのではないかと思います。それと
>蒼井優さんが,初舞台でデスデモーナ......私も気になったのでネット検索したらミュージカル「アニー」で舞台に立っている→「フラガール」のダンスのうまさに納得。蜷川さんの舞台も2度目ということがわかりました。「シブヤから遠く離れて」という作品ですが、私の苦手の岩松了作品なのでノーチェックだったようです。
「カリギュラ」も話が苦手そうなのでパスです。その分を花組芝居を「KANADEHON忠臣蔵」で初めて観ることにしました!
投稿: ぴかちゅう | 2007年12月 6日 (木) 02時19分
>ぴかちゅうさま
トラバありがとうございました。ご感想とさい芸の演出が気になっていました。蜷川さんのお手にかかれば,メンテナンス用デッキも城郭の回廊となりまする。
橋は舞台上だけでございましたか。
ぴかさまやhitomiさまの名文を拝見するたびに,差別等社会性を内包する課題への言及を忌避し,勝手解釈の愛や美の問題にすりかえる自分が恥ずかしくなります。正面から見据えた文章に太刀打ちできないのは当然です。
(ぴかさまが書かれた文を想像してお返事致しております。)
どしどし,たたきのめしてやってくださいませ。
イアゴーの嫉妬の(彼なりの端迷惑な)正当性を一旦書いて削除し,病理にしてしまったのもイマイチでした。
投稿: とみ | 2007年12月 4日 (火) 12時32分
速攻コメントを有難うございますm(_ _)m
4回目の「オセロー」となった今回の蜷川「オセロー」。あらためて松岡和子訳も読んで脳内再生しつつ、書き出せないでいました。昨晩書き出したらとまらなくなって夜更かししてアップした記事をTBだけさせていただいて寝ようとしたのですが、頭が冴えてなかなか寝付けないという愚挙をおかしました。読み直したら推敲でのミスもあり仕事から帰って修正・補筆を入れてます(^^ゞ
>彩の国さいたまでは,客席上のギャラリーを使われたことだろう......ギャラリーを使った演出はなかったと思います。あの橋の上からオセローとイアゴーが迫力のあるやりとりをするので落下事故にならないかもハラハラさせられました。
鋼太郎オセローと洋イアゴーの最後の目と目の対峙が長かった。濃かった。それについていろいろ考えてしまうとドラマが膨らんで、暴走気味に書いてますが笑わないでくださいませ~。
投稿: ぴかちゅう | 2007年12月 3日 (月) 21時55分
>スキップさま
ジェネレーション構成がいいですね。イアゴー&エミリア夫妻が,デスデモーナに近いことも共感が得られるポイントかと思われます。
柳の唄はみんな泣いておられました。
何も降らず,何も吹かないところもよいように思われました。
投稿: とみ | 2007年11月27日 (火) 17時19分
とみさま
>高揚する愛を永遠のものとするためには,ともに死を
>迎えるという結末しか無かったであろう
う~ん、ナルホド。
これは究極の愛のひとつの形でしょうか。
白いベッドの上で寄り添うように最期を迎えたオセローとデスデモーナ、最期まで心が離れたままだったイアゴーとエミリア、この対比も見事でしたね。
投稿: スキップ | 2007年11月27日 (火) 02時25分
>hitomiさま
今までのオセローで避けられなかったどよよーん感がありませんでした。役者の演技合戦というしょーもないものがない舞台がこれほど快いとは!
もう少し推敲します。
投稿: とみ | 2007年11月22日 (木) 00時43分
おとみ様、素晴らしい名文に感服します。
観たかったのにほかのが先に決まっていてそれがあまり芳しい舞台でなく情けなかったです。
投稿: hitomi | 2007年11月21日 (水) 22時44分