近松門左衛門の墓所は大阪谷町筋。お初天神にも参りましたで。
今週は,マイ近松ウイークで,歌舞伎座の封印切に始まり,週末,尼崎で心中天網島を鑑賞することになる。国立,新橋及び前進座の3座では俊寛,三越では傾城反魂香が上演中やった。江戸の5座みな近松,ほんまかいな。
11月は,国立文楽劇場で,吉田玉男追善興行曽根崎心中が上演され,初春公演では,国性爺合戦♪(/゚)/ ̄ハィ♪四月は確か心中宵庚申を聴いた。それに,七月には大阪松竹座で女殺油地獄も見せてもろた。冥途の飛脚なんべん,見たことやら…。
で,感謝を込めてお参りした。寺は移転し,墓所のみが残る。
近松の顕彰は尼崎市が毎年行っておられるが,大阪では特別なイベントはない。常時上演されていることが,近松が生き続けていることの何よりの証である。
追記
一日の終わりに,曾根崎でお初天神にも参ってきた。
創建以来千三百年の歴史を持つ古社で,「難波八十島祭」旧跡の一社である。曾根崎・梅田地域の総鎮守として現在も崇敬を集める。
しかし,有名なのは,近松門左衛門作「曾根崎心中」の舞台という事由である。
元禄16年4月7日,堂島新地天満屋の遊女「お初」と内本町平野屋の手代「徳兵衛」が「天神の森」にて情死する事件が起き,これを近松門左衛門が「曽根崎心中」として劇化し,大当たりをとった。
取伝へ貴賤群集の回向の種。 未来成仏疑ひなき恋の手本となりにけり。
近松はきっぱりとこう予言した。参脂回向の老若男女が大勢押しかけたという。涙を絞る人形浄瑠璃は,歌舞伎にもなり,一時は上演回数を落としたものの,この50年で蘇り,今日も,回向とともに恋の成就を願う多くの恋人たちが訪れている。石碑,銅像と整備は進み,現在も何らかの工事中だ。
幸福そうな恋人たち,訳ありげなカップル…。妄想モードのスイッチが入り,「あんたら,きっときっと添い遂げるんやで」と,後ろで一緒に拝んでいる老女形首(そんなええもんかいなという突っ込み御容赦)をお見かけなさったとしたら,それはワタクシである。
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コメント
>つどいさま
>曾根崎心中の道行きのコースは,かなりの精度で再現可能となっていますね.
心中禁止令や心中ものの上演が禁止されるほどの社会現象を巻き起こした筆力には恐れ入ります。それにつけても,上演回数凄いです。墓も祭も不要。上演こそ最高の顕彰です。
投稿: とみ(風知草) | 2007年10月24日 (水) 23時01分
曾根崎心中の道行きのコースは,かなりの精度で再現可能となっていますね.
先般,おとみさまが書かれていた蜆川も,そのコースに含まれています.
しかし.いつもながらのおとみさまの博学と諧謔のバランスのとれた記事には感動致します.
投稿: つどい | 2007年10月24日 (水) 22時21分
>どら猫さま
それにつけても歌舞伎へのコンバージョンも含めて近松ラッシュ。金が仇の世の中は、元禄も今も同じ。借財に未来を断たれる壮年。貧しさゆえ添えない若者たち。共感をもって受けいられる所以でしょう。男はんのどんづまりは、女の不幸。大阪の今を生きるおなごはんらに幸多かれと祈らずにはいられません。
投稿: とみ(風知草) | 2007年10月24日 (水) 22時09分
尼崎はワタクシめも参ります。歌舞伎座が終わってすぐの公演で大変だろうとはおもいますけど、楽しみですね。
投稿: どら猫 | 2007年10月24日 (水) 10時41分