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2007年3月25日 (日)

玉三郎丈は救世(ぐぜ)観音,玉三郎丈の舞台は弘誓(ぐぜい)の船「初瀬/豊寿丸 蓮絲恋慕曼荼羅」

P1010083_1 国立小劇場の舞台を17日に拝見し,21日に當麻の里ほか大和路を探訪をした。所感の後編(前編)を,玉三郎丈の演出のみに絞りまとめる。
玉三郎丈は,自ら演出方針を語っておられる。
場面転換の多い戯曲を,シャッフルせず原作どおりに上演するため,装置を抽象化し,照明で場所を表現する。芸能の原点を考慮し,あの世とこの世を交信する音として,殷々としたΩ(オーム)の音(琵琶)を採用する。戯曲の主題のひとつ・姉弟の禁じられた恋は,深い憧憬として透明化する。宿世の罪業を重く深く受け止め,全て背負うという女主人公の行動原理を絵空事でなく説得力を持って表現できる役者として坂東玉三郎を投入する。
作者による原題は「豊寿丸変相」とか。伝説では,3歳になるやならずで,実母に過って毒殺された無念の弟を,姉を激しく恋慕する美青年として主人公に設定する発想が素敵で,タイトルも,豊寿丸がさまよった心の地獄を髣髴とさせ,書き込みも充分だ。丈は,頑是無い少年とふてぶてしい青年が同居し,何をしでかすか危うい年代の若者を,段治郎丈の狩衣姿でビジュアル化され,ご自身も「浮舟」風十二単の神々しいお姿でご登場と,あるべき絵姿を提示されている。
中将姫伝説は21世紀にはなじみが薄く,宗教的解脱という主題は,締めのデウス・エクス・マキナ(神の登場)リスクが大きいと,僭越ながら案じたが,各紙や権威筋の評価はこぞって高い。玉三郎丈教信者としては思わず胸を張ってしまった。
衆生の苦難を自身の原罪として受け止め,救いの彼岸へ導こうとする姫の心のありようは,美の浄土をこの世に描こうとする丈そのものである。「自分が舞台に立つのだから,玉三郎を信じよ。」と言っておられるかのように感じた。で,タイトルの「玉三郎丈は救世(ぐぜ)観音,玉三郎丈の舞台は弘誓(ぐぜい)の船」と,安心して心を委ね,合掌した次第である。
観客ひとりひとりの顔を見ながらの上演が可能な劇場の条件を味方に,存分にお力を示されたことの幸運に思い至り,この演劇に関わった全ての方々に敬意を表するとともに,めぐりあえた僥倖に感謝する。(ホッ,まとまった。)
つづきは,おとみの妄想劇場と仮説等つぶやき…。賛否両論受けて立ちます。

実は,置いてゆかれた(^^ゞ。
作家さんが,玉三郎丈への生涯かけての愛を,段治郎丈の体を借りて語っておられたような気がして,上演してはいけないものを見てしまったような…。二人だけの世界,もっと申し上げるのなら,激しい拒絶を感じた。誰にも渡さないという段治郎丈の力演の賜物だ。

さらに,素朴な疑問が山積したので,それらを確かめに奈良に走り,ご当地では,生活の中に息づいている美しい伝説であることを確認し,立ち直った。

1 平城京と宇陀山中雲雀山は半端ではない距離のはずだが,転換時間がゼロなので,姫を裏山に捨てたように誤解した(`´)ノ☆(((*;・)ゴメンナサイ。
………雲雀山は近鉄榛原駅からバスに乗り継ぎ,45分登山道を上る。館の内外の転換と,雲雀山への転換は,ほんの数秒で良いので,時間差を付けてほしい。
2 伝説と戯曲との相違に込められた作者の思いを読み解く。戯曲に組み込まれなかった物語の影響も考察する。
………上記のとおり,豊寿丸は幼時に事故死するが,永らえたらこんな弟に成長したであろうという変成が演劇的に素敵だ。
………また,當麻の里には,二上山(ふたかみやま)伝説が,今も悲劇の姉弟の物語として語り継がれ,美しく慈愛に満ちた姉(大伯皇女)と風貌文武に優れた弟(大津皇子)というカップルが刷り込まれている。はい,主演お二方そのものである。
………毎年5月14日,當麻寺では,日没時に姫が,阿弥陀様に導かれ入滅する宗教ページェントが実施される。作者の原体験であろう。千穐楽のカテコでは,ぜひ,中将姫は民衆にリフトされ,出て頂きたいものである(市川猿之助丈の演出の妄想?)段治郎丈がお一人で玉三郎丈をリフトしてご登場いただくともっと良い(ノ-^0^)ノキャーキャー♪
3 中将姫伝説に内包するナショナリティとローカリティ
………奈良時代は政教分離していない。御仏は,個人の心の救済だけでなく,飢饉,疫病からの安寧も守備範囲だ。姫は仏にすがり,全部引き受けると決意するのだが,理解する土壌が無かった。\(TT。)ハンセイ
………しかし,21世紀の中央での知名度が圧倒的に低い点をカバーする前説は必要だ。
4 妄想劇場
………プロローグ。明治時代の東京国立博物館の開館記念式典・當麻寺大曼荼羅展示室の場。家族とはぐれた少年(ときの内務大臣・藤原豊成伯爵の御曹司・豊寿)が,ねーさまと泣いていると,老婆が現れ物語を語り始める。五色の紐をはさみでカット。紗幕五枚くらい飛ばす。
………エピローグ。今まで語っていた老婆は絵の中の観音様だった。ねーさまに手を引かれて少年は家路につく(どこかのミュージカルにありました?)
………蜷川幸雄氏演出のコリオレイナスの舞台装置はそのまま蓮糸に使い回せる。

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コメント

>HineMosNotariさま
賛否両論受けて立つ宣言しましたので,うれしいことに,このように掘り下げたご意見を頂戴できました。
妄想が暴走しましたが,玉三郎丈の演出は,このように広がりを楽しませて頂けるありがた~いものでした。

投稿: とみ | 2007年4月 3日 (火) 01時03分

大分出遅れてしまいました(^_^;)
でも、おかげでとみさんの意見に加えて、他の方のコメントも読むことが出来、伝説と現場と宗教観と・・・ほんといろんな見方があるもんだなぁというところを、改めて感じさせてもらいました。
宗教観のあたりはちょっと難しくて私にはよくわからないところもありましたが(^_^;)

投稿: HineMosNotari | 2007年4月 3日 (火) 00時08分

>cocoさま
世迷言状態の拙宅にコメント恐縮でございます。総花博愛おとみの看板降ろします(爆)。
泉鏡花の外科室(映画)を監督なさったとき,主人公どおしが,小石川植物園でただ一度見つめあって恋に落ち,十数年後に,共に命を絶つというありえねえ話から,玉三郎丈は一回見るだけでよいと言っておられると,さらに信者になりました。一度,教義を箇条書きにしてみよっと。

投稿: とみ | 2007年3月28日 (水) 22時30分

東京までおいでになってご覧になり、さらに現地踏査。とみさまの探究心と、玉三郎丈への・・・なんと表現するのが適当か(^^;、愛、敬慕、あらゆるプラスの心情を改めて感じさせていただきました。

私はあいにく、諸手を挙げて・・という気持ちにまではなれませんでしたが、こういったレベルの作品が公募で出てきたことは素晴らしいと思います。今回の玉三郎演出もシンプルでステキでしたが、いわゆる歌舞伎らしい、舞台写真がそのまま錦絵になるようなスタイルではまた違う感慨があるかも、とも想像できるかと。たとえば、豊寿丸を染五郎さん、とか。。あ、別の妄想になってしまいました(^^;

投稿: coco | 2007年3月28日 (水) 00時11分

>六条亭さま
世迷い言をご覧頂きありがとうございました。自身の演劇を見る目を試された公演でした。夢を叶えられた森山さんにブラボーです。

投稿: とみ | 2007年3月27日 (火) 01時36分

とみさまのお蔭で、今回の脚本の内容が少しは理解できたと思いました。それにつけても玉三郎さんの演出をはじめとする舞台全般に対する目配りは凄いの一語です。私は楽日一回のみの観劇でしたが、おそらくもっとも完成度の高い日だったと思います。

また再演して欲しいですが、南座でも少し大きいかもしれませんね。今回の小劇場はちょうどいい大きさでした。

千穐楽はとみさまの期待されたリフトはなかったです(笑)。

投稿: 六条亭 | 2007年3月26日 (月) 22時22分

>hitomiさま
アマテラス,富姫さま,拝んでばかりですね。高千穂峡は行ったときに真剣に拝んでおいたらよかった。
玉三郎丈は毎年南座に来て頂けます。ありがたや。
南座は阿国続きです。

投稿: とみ | 2007年3月26日 (月) 01時13分

>はるきさま
「宗教劇に賛否両論もあり」はないと思い上がったことを書いてしまいました。で,作者を絶賛しながら,完璧を期待してしまう玉三郎丈演出には少し注文を付けてしまいました。どこかに,猿之助丈なら前説やエピローグがあるかなと夢想したのでしょう。
パネルでなく,五色の糸や重なる紗幕を予め妄想していましたし…。
二上山伝説ですが,當麻の里に共存しています。これは,折口信夫氏の死者の書を読み解くまでもなく自明でした。

投稿: とみ | 2007年3月26日 (月) 01時05分

玉三郎丈は救世観音!ますます信仰を深めたいと思います。

昨年、歌舞伎座公演も良かったですが扮装無しの朗読天守物語も有難かったです。4000円で2時間以上玉三郎が一人で全役朗読!後は笛の名手のみ。

南座の前のレストランで学生時代、バイトしていたら(2階の担当)今の仁左衛門の父上が食事にいらっしゃいました。玉三郎のお染のチケット残ってるのになぜか記憶にないのです。

投稿: hitomi | 2007年3月25日 (日) 23時30分

とみさん、こんばんは。待ち焦がれていたエントリを読みまして、肩の荷が下りたような思いです。有難うございます。

>また,當麻の里には,二上山(ふたかみやま)伝説が,

うっかり聞き飛ばしていましたが、作者は初瀬豊寿丸に、大伯大津の姉弟を重ね合わせておられるのでしょうか。そこまで思いをめぐらせると、一層切ないですね。

投稿: はるき | 2007年3月25日 (日) 22時28分

>まこさま
長い間楽しませていただきましたが,千穐楽のご様子のレポうれしく拝見しました。ご覧のとおり,浅薄な知識しか持ち合わせておりませんので,緻密な構成や想いの深さに置いてけぼりになってあせりました。
一票でも反対票が投じられれば成功とは言えないなど,不遜なことを書きましたが杞憂でした。
私は断念しましたが,ぜひ雲雀山登頂にもチャレンジなさってくださいませ。

投稿: とみ | 2007年3月25日 (日) 21時11分

千穐楽は無事終わりました。
玉三郎さんから挨拶がありました。
残念ながら、リフトはありませんでしたが・・・(笑)
5月14日いってみようかなぁ
南座と葵祭の間なのでちょうどいいし。
とみさまの記事を参考のさせていただいて、姫のあとを追ってみようとおもいます。

投稿: まこ | 2007年3月25日 (日) 19時07分

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