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2007年3月18日 (日)

国立劇場「初瀬/豊寿丸 蓮絲恋慕曼荼羅」

1865_1 17日(土),国立劇場開場40周年記念歌舞伎脚本入選作・森山治男さんによる「初瀬/豊寿丸 蓮絲恋慕曼荼羅(はちすのいと こいのまんだら)」を観劇した。
作・脚本/森山治男,演出/石川耕士・坂東玉三郎,美術/中嶋正留
出演
初瀬(藤原家息女・中将姫)/坂東玉三郎
照夜の前(継母)/市川右近,月絹(乳母)/市川笑三郎,豊寿丸(異母弟)・蓮介(宇陀の里の青年)/市川段治郎,田束(照夜の前の侍女)/市川寿猿,紫の前(亡母)/市川春猿,松井嘉藤太(刺客)/市川猿弥,藤原豊成(父)/市川門之助
あらすじ
古の奈良の都は花盛り,藤原横佩家の息女初瀬は,美しさと聡明さで帝の覚えもめでたく「三位中将」の官名を賜っている。継母の照夜の前は,嫉妬と憎しみを募らせていた。
2才年下の異母弟・豊寿丸は,そんな姉を激しく思慕し,気も狂わんばかり。ついに初瀬の居室に侵入し,思いを遂げようとするが,母に見とがめられ,とっさに,姉に色事を仕掛けられたと嘘をつく。激怒し,初瀬を打ち据える照夜。帰還した当主豊成は,照夜と豊寿の申し立てを鵜呑みにし,一切釈明しない初瀬を成敗しようとするが,乳人と忠臣の諫めにより,宇陀の雲雀山山中に蟄居させることとする。照夜は刺客を放ち,豊寿はこれを阻止しようと初瀬を追う。

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歌舞伎

さっくり所感
上演中ということで,ディティールに言及を避け,玉三郎教の信者おとみの所感のみ記述する。
国立劇場開場40周年記念公演の掉尾を飾るのは,小劇場で開催される新作歌舞伎だ。公募の入選作を坂東玉三郎丈が演出し,澤瀉屋一門の皆さんが上演することとなっていたが,戯曲に惹かれた玉三郎丈が,自ら出演を買って出られたという期待作。
世界は,謡曲,浄瑠璃及び歌舞伎で,継子いじめものの定番である中将姫の物語であるが,伝説は,むしろ,当麻寺曼荼羅を編んだ奇蹟の聖女として,仏教説話において親しまれてきた。しかし,昨今,継子いじめや母ものがエンタテイメントの舞台から降り,仏による救済にファンタジーを見いだせくなってからというもの,ご存じない方が増えているのも事実だ。
森山さんは,長年暖めて来られた歌舞伎への思い,美しい人心の回復,信仰による魂の救済を,戯曲に織り上げられた。おそらく,いや,間違いなく,森山さんは中将姫信仰の信者であられ,姫がこの世に受肉し,精霊が憑りますところが坂東玉三郎丈と考えておられる。中将姫はこの世に起こる全ての悪行や宿業,宿世の悲しみを一身に負い,身を捨て,晴れやかな心で仏の道へ確かな足取りで歩き始める。この姿は,この世に起きる悲しみや煩いを引き受け,あるべき美しき世界を示し続ける玉三郎丈の生き様と完全に一致する。丈の,これは私以外演じる役者はないという断言が素敵だ。絶望から立ち上がり,解脱を得るまでのヒロインの長台詞は,森山さんと玉三郎丈の二人だけの世界であった。うらやまし〜。観劇には水晶の念珠の持参をお勧めする。
枠組として,貴種恋愛譚,姉弟の禁じられた恋,激情が引き起こす惨劇(まんまジョン・フォードのあわれ彼女は娼婦),釈明しなかったために増幅する悲劇(衣服を裂くのがラシーヌのフェードル),デウス・エクス・マキナという新劇にも通じる想定が行われ,役割として,日和見の夫,苛めの花車方,忠義な乳人,改心する刺客,不幸な死を迎えた主演のための加役を配し,手堅く歌舞伎テイストに仕上げられている。戯曲としての作劇術も見事なことも申し上げるまでもない。

玉三郎丈の演出については別エントリとするが,視覚的には,源氏物語の最終帖・夢の浮橋において,浮舟が本懐を遂げる姿が重なる。本作の序幕におけるヒロインの主体性の無さと歯がゆさの読み解きを浮舟のイリュージョンと見た。お衣装に込められた丈の思いはいかなるものであろうか。
つづく…。
P.S. 一つだけ玉三郎丈が恥ずかしかったのと察せられますが,ナットクできない演出があります。千穐楽にはサプライズを期待します。

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歌舞伎」カテゴリの記事

コメント

>ぴかちゅうさま
コリオレイナス談義の仕切りなおしどこかでしましょう。コリオレイナスの装置はこの戯曲にそのまま使えると思ったのですがいかがでございましょうか。WOWOWの冬タンの孔雀の羽はイケてました。また,見に行かなかったことを後悔しました。
もとい。
全くキャストに言及できないというか,玉三郎丈が,自分以外への批評を拒んでおられるような気がして,なーんも書いていません。

投稿: とみ | 2007年3月28日 (水) 22時50分

2つの記事にTBをトライしましたがうまくいきません。千穐楽の記事をアップしましたのでURLを書かせていただきます。
http://blog.goo.ne.jp/pika1214/d/20070328
キャストへのコメントは全く書く余地なく、ストーリーと玉三郎丈についてだけしか書いてないのに、な、長い(^^ゞ
玉三郎丈こそ「世拾い人」のお一人でいらっしゃるとジーンときていました。この美意識あふれるお仕事で世を拾ってくださっていると!
そして千穐楽のカテコでの正座してのご挨拶でもう滂沱の涙となってしまいました。おとみ様が信者になられるお気持ちがよくわかります。
そして翌日は歌舞伎座で仁左衛門丈に泣かされ・・・・・・もう涙腺決壊の日が続くのでした。

投稿: ぴかちゅう | 2007年3月28日 (水) 01時35分

>hitomiさま
コメントありがとうございます。六条亭さまには,不肖とみも師事させていただいております。
観劇数の少なさは馬齢とウイットでカバーしています。
>この芝居に携わった方全てにに感謝。
おー,とみの座右の銘と同じですね。玉三郎丈は救世(ぐぜ)観音,舞台は弘誓(ぐぜい)の舟。どこへでも連れてってという心で拝見すれば,衆生はみな救われるのじゃ…。
>折檻の後、右近さんの頬に涙が流れていました。
お約束事として折檻ではなく,愛する者全ての心を奪われた悲しみですね。なりきりが素敵です。
>春猿さんも神々しかったです。
ピンスポもさることながら,心根の美しさで輝いておられました。

投稿: とみ | 2007年3月22日 (木) 22時07分

とみ様 私も玉三郎教の信者でございます。コメント有難うございます。いつも六条亭様のブログにお邪魔しております。
追加公演の20日に観劇しました。今まで以上に玉三郎丈の世界にひたることが出来、幸せです。原作者からこの芝居に携わった方全てにに感謝。折檻の後、右近さんの頬に涙が流れていました。春猿さんも神々しかったです。

投稿: hitomi | 2007年3月22日 (木) 20時18分

>向日葵さま
コメントありがとうございます。
山岸先生の劇画は不勉強で拝読できておりませんが,アラベスクや日出処の天子をお書きになった方ですね。いずれにしても作劇手法のセオリーをきっちり踏襲なさった心地よさがございました。
>特筆すべきは照明。和の伝統色。微妙な色遣いの表現に苦労がしのばれます。
ワタクシは素養がないため,そのような鋭い目で見ることができませんでした。で,最も感動したのが,春猿丈に目も眩むばかりのピンスポを当てられたことです。失礼ながら,夜叉ヶ池のとき,春猿さんにピンスポ当てたらんかいと突っ込んでおりました。
進化する舞台,見届けてくださいませ。まだ書くつもりしてますので,またコメント頂戴したいです。
ここで○○○せんかい!というのがあるのですが,ハプニング起こって欲しいです。

投稿: とみ | 2007年3月21日 (水) 00時07分

私も17日昼、観ました。
私の第一印象はギリシャ悲劇+能+山岸涼子の漫画世界。
静謐なセリフ世界、役者さんの出入りの動線、何かしか能を意識しているのではないかと思いました。(能に詳しい方の意見を是非伺いたいです)
前半はどうなることかと思いましたが、後半は自然に涙があふれる場面多し。
私は「世を拾う人」がメッセージでは、と思います。人間の善なる部分を信じ積極的に表現するのは玉三郎とおもだかカンパニーならではです。
段治郎さんは、単なる妖しい狂気ではなく、善人が狂ったという雰囲気が感じられ、痛々しさを感じました。
右近さんの徹底した役作りには驚きでした。上手い!
特筆すべきは照明。和の伝統色。微妙な色遣いの表現に苦労がしのばれます。
24日にもう一度見てきます。更に進化していることでしょう。

投稿: 向日葵 | 2007年3月20日 (火) 22時03分

>HineMosNotariさま
ようこそ拙宅へ,ごらんのとおりの玉三郎丈教の信者です。
ギリシャ悲劇やそれをベースとしたフランス近代演劇の台詞の組み上げ方が感じられました。記紀万葉伝説の香おりもしますし,緊迫感ある分厚いエンタテイメントに仕上がっていました。
これに懲りませず,おこし頂ければうれしいです。

投稿: とみ | 2007年3月20日 (火) 01時22分

お邪魔いたします♪
うーむ。なるほど。私はほとんど歌舞伎しか舞台をみないので、あまりわからないのですが、今回の舞台には色んな西洋の舞台のセオリーがもりこまれているという見方もできるんですね~。
私は今回の舞台の演出に、「一本取られた」という感じの衝撃をうけたので、とみさんの
>玉三郎丈の演出については別エントリとする
というの、楽しみにさせていただきます♪

投稿: HineMosNotari | 2007年3月20日 (火) 00時13分

>はるきさま
トラコメありがとうございます。
なりきり玉様についてゆくか,置いてきぼりを喰うかで劇評は別れます。もちろんワタクシは,極楽でも地獄でもついて行きますぅ!
段治郎丈の頑是無さが良い感じでした。ネタバレ編ゆっくり書きます。

投稿: とみ | 2007年3月20日 (火) 00時01分

とみさん、早速私の方からもTBさせて頂きました。

>これは私以外演じる役者はないという断言

納得、です…。お声を聞いているだけで涙が出てきたのは、玉三郎様そのものを拝見していたからこそ、だったのでしょうか。

「豊寿丸変相」という原題もミステリアスでいいですね。

投稿: はるき | 2007年3月19日 (月) 23時14分

>六条亭さま
見逃しリスクの少ない17日に鑑賞してしまいました。千穐楽レポ楽しみにしております。
元のタイトルは「豊寿丸変相」とか。タイトルロールは段治郎丈の豊寿丸です。筆者は姫を恋い慕う主人公に間違いなく自己投影しておられます。筋書きのなかに「わたしの中将姫」という言葉がございました。
座付き的な作家の役者へのオマージュというのは心地よいです。
さて。国立の前庭の馬酔木の花が満開です。今月の演目と,奈良の都に思いを馳せるに相応しい花が丈のために咲いています。

投稿: とみ | 2007年3月19日 (月) 00時19分

とみ さま

こん♪♪は。早速拝見しました。とみさまの深い洞察には感じ入りました。

>丈の,これは私以外演じる役者はないという断言が素敵だ。

う~ん、なるほど、だから玉三郎さんは演出のみならず、自ら主演されたのですね。

とみさまの完結した論考を参考にさせていただき、楽日の観劇に臨みたいと思います。

投稿: 六条亭 | 2007年3月18日 (日) 22時34分

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◆観劇日:2007/3/12(月) ◆観劇位置:1階7列上手ブロック 平日昼間のせいか、観客の平均年齢がかなり高かったような(^_^;) あと、帰りに大劇場の前を通ったら、五木ひろしショーをやってました。 外から見えたロビーに出てる売店や 雰囲気が、やはりいつもの歌舞伎の公演とは なんか、ちょっとちがってるような感じがしました(^_^;) ◆配役姉初瀬玉三郎さん腹違いの弟豊寿丸段治郎さん豊寿丸母照夜の前右近さん姉弟の父... [続きを読む]

受信: 2007年3月20日 (火) 00時20分

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