天守物語・朗読の会
(イントロ)はこちら。つづき…。
それこそ露の散らぬ間に。
←姫路城天守 朝夕に拝みたいもの
夫人が舞臺中央に直り,物語が始まる。
一幕は幸さんがト書き,守若丈が薄と舌長姥,玉雪さんが朱の盤坊,玉朗さんが龜姫,侍女5人,女童3人を担当する。
第一声,薄の守若丈の威厳と気品のある凛としたお声!
玉朗さんは,腰元衆と女童をお一人で。難しい台詞であるが気持ちの優しい女郎花,とぼけた桔梗,しっかりした蜻蛉を演じ分けておられた。龜姫もト書きとおり,二十ばかり,しとやか,残酷,イノセントな姫であった。
決め台詞を受け持つ朱の盤坊の玉雪丈。
「おなかがよくて,お争い,お言葉の花が蝶のように飛びまして,お美しいことでござる。」
そのとおりと納得させていただける安心の台詞回し。二幕に期待。
![]() 演劇 |
寂寞,やがて燈火の影に,うつくしき夫人の姿。
←三重 圖書さまが落ちるのを恐れる階段
二幕は,玉朗さんがト書き,守若丈が薄と近江之丞桃六,玉雪さんが修理,幸さんが九平,圖書之助を功一さん。
圖書の功一丈は,稽古と精進の賜か,一途で純粋な若者として演じておられた。高貴な女性を母とも姉とも思慕する青年と,命を懸けて庇護する艶麗な女という構図がくっきりと見え,鏡花先生を読み聞かせて頂いているという充実感に浸される。夫人は一瞬で恋に落ちるのだが,一瞬にもプロセスがあることを解き明かして頂ける。獅子に似てお勇ましくはないが,功一さんの圖書であった。つまり,玉三郎丈の圖書に他ならない。
全編の謎解きの台詞を振られた修理の玉雪丈。
「伝え聞く。(中略) わらわにかばかりの力あらば,虎狼の手にはかかりはせじ, (中略) その獅子頭だ。」
緊張するまでもなくすんなり決まった(・・||||rパンパンッ。
クライマックスの思い合う恋人達が真情を叫ぶ場面も,美しい詞と美しい心根が迸る。
選ばれし者で無くとも,魂の美しさで到達できる恋の高みは,天守を超え虚空に舞う。
締めは,鏡花先生が尊敬する工人神の重責を担う守若丈。毘首羯磨(びしゅかつま)であろうか。慈愛に満ち,俗人を哄笑する悠々とした台詞に,玉三郎丈と功一さんの緊張が解けてゆくのを目の当たりにし,客席も危難を脱した安堵感にゆっくりと満ちていった。
カテコは三度。鳴りやまない拍手に満足げ微笑むご尊顔は,いつもよりずっとお優しげに見えた。 ←姫路城天守富姫さまの祠
玉三郎丈は,自分が考える鏡花先生の世界はこれであるということを口上で語り,演技で示された。翻って考えると,七月に拝見した舞台のどこがどうであったかを解き明かされたわけである。
鏡花先生が生前から人気があり,つい先頃まで繰り返し新派で上演され続けた花柳界等の女を主人公とする忍従と献身の物語「日本橋」,「婦系図」,「滝の白糸」は,昨今は主題そのまま上演されることは少なくなってきている。川上音二郎一座,喜多村緑郎,花柳章太郎,水谷八重子氏と継承されてきたこれらの系譜は,初代水谷八重子氏の死と旧新橋演舞場の建替(古!)と共にかつての勢いを失った。
現在,人気狂言として上演回数も多い「天守物語」を最高峰とする異界との交流や変身譚のカテゴリーは,1970年代に三島由紀夫氏や澁澤龍彦氏が絶賛及び再評価され,表現者としての玉三郎丈がブレイクさせた世界の延長線上にある。丈は自ら育て上げられた美の楼閣に,婉然と君臨し続けておられるとワタクシは感じている。
さて,興行上の要請と次世代への継承という使命感で構築された本年の七月大歌舞伎。七月大歌舞伎が五番立て能(作品は4本だが)の大会なら,朗読会は地謡の会か。一方がテーマパーク泉鏡花館なら,片や泉鏡花文学館。フルオケの交響曲と弦楽六重奏。兼六園のような回遊式庭園と花木のない石庭。
玉三郎丈の視覚的な美は圧倒的な力で見る者をひれ伏せさせ,精神の美は優しく無垢な魂を守護する。いずれも鏡花先生,素晴らしいことは言うまでもない。
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コメント
>hitomiさま
昨年のエントリにコメントありがとうございます。自分で書いたとは思えない(爆)渾身のエントリです。
いつもこのレベルのものを書けるよう精進してまいります。
定評ある劇評は通読し,劇評家がそれを書かれた時代背景とともに考察し,一旦全て捨て,自分の感性で今日的意義と未来へのメッセージを読み解きたいものです。
すっぴん玉様,拝見したかったです。
投稿: とみ | 2007年4月17日 (火) 23時35分
とみ様
松竹座では玉三郎丈は富姫の扮装をなさったのですか。私は2006年4月、愛知県春日井市で観劇。丈が袴姿で全てお一人で朗読されました。これはこれで贅沢な時間でした。
投稿: hitomi | 2007年4月17日 (火) 22時35分
>kemukemuさま
美しい写真や芸術性の高いコレクションのご紹介ありがとうございました。とくに昔のポスターやチラシ,レッテルに興味あります。また,気軽にお声をおかけくださいませ。
投稿: とみ | 2007年2月26日 (月) 22時27分
こんにちは。
大道芸観覧レポートという写真ブログをつくっています。
水谷八重子一座の昔の広告もとりあげています。
よかったら、寄ってみてください。
http://blogs.yahoo.co.jp/kemukemu23611
投稿: kemukemu | 2007年2月26日 (月) 20時49分
>亜朗さま
トラコメありがとうございました。また,貴宅の的確なエントリもうれしく拝読しました。
>実は私、玉雪さんより功一さんの方が心配でした…
>人間界より富姫たちといる方がピッタリな人
はい,緊張しました。清しい言葉でなかったら,即刻,首からバリバリとかじられたことでしょう。清しい言葉に打たれたという瞬間がはっきりしてました。海老蔵丈では,姫に食われるお命の危機が感じられませんし,一目で恋に落ちてしまいますから…。
「今までどうしてあの人に気付かなかったのだろう。恥ずかしいよ。」
これも,海老蔵丈でしたら気付かないはずないです。
「階段から落ちて怪我をしたら甲斐もない…」
海老蔵丈が転落する姿は想像つきません。
>功一さんはやたらと姿勢がいいイメージがあるので
なんといっても玉様を支えておられますから,玉三郎丈と不可分のご関係です。
ひとつひとつの台詞をお城で検証しましたが,スケールや暗さを考慮すると図書さまは海老蔵丈に決定なんです。迷います。
投稿: とみ | 2006年11月30日 (木) 20時32分
>あいらぶけろちゃんさま
コメントありがとうございました。すっぴん独吟バージョンと扮装地謡バージョンの比較検討できたら最高だったのですが…。
すっぴん支持派も多うございます。見たかった。
>玉さんがつっかえたり言い直すというある意味貴重なお姿でもあり・
プロンプに頼りつっかえながらは,2004年2月,お嬢吉三の開幕早々で拝見しました。裾や袖を気になさりながらの立ち回りもらぶりーであられました。
これからも上演をお続けいただけることでしょうから,更なる深化が楽しみです。初演拝見しましたから,一世一代まで着いてゆきます。魂魄となっても見るぞ~。
投稿: とみ | 2006年11月30日 (木) 20時07分
トラックバック返し&コメントありがとうございましたー!
実は私、玉雪さんより功一さんの方が心配でした…
天守の富姫たちの世界というのは、妖怪というか人間でない世界=人間の作った規則やしがらみから自由な世界なんですよね。規則より気持ちとか心の方が大事な世界でもあるし。
図書之助というのは気持ちも心も真っ直ぐなのに、真面目すぎて世渡りが下手なのか規則とか上下関係の犠牲になってしまいそうになる…という事は、人間界より富姫たちといる方がピッタリな人という事ですよね。
功一さんはやたらと姿勢がいいイメージがあるので、ある意味とてもピッタリだったかも、と思っています。
投稿: 亜朗 | 2006年11月30日 (木) 19時26分
練り上げられる前の(?)すっぴん朗読会を3月の終わりに静岡で拝聴しました。ト書きもその他のお役も全て玉三郎丈でございました。ト書き部分で言い直されたりして 終了後「お恥ずかしいかぎりで」とおっしゃる姿のおくゆかしさにもぽわわぁ~んとなりました(笑)
玉さんが つっかえたり言い直すというある意味貴重なお姿でもあり・・・7月チケットをふいにしたので次回を期待してます。
「とぉ~りゃんせ・・・」の歌声を思い出しました。
投稿: あいらぶけろちゃん | 2006年11月30日 (木) 14時18分
>ぴかちゅうさま
トラコメありがとうございました。
デウス・エクス・マキナが解決なさいましたか。桃六はギリシャでしたら,クノッソスを作ったダイダロスです。となると,獅子は牛頭神ミノタウルスでしょうか。修理さんは伝令使ですね。イマジネーションは広がります。
しっかし,圖書之助のイメージに迷いが生じました。獅子に似てお勇ましく天守の上から識別できるのが条件ですと海老蔵丈しかありません。しかし,清しい心根に富姫が参ってしまい,姫と眷属たちのお夜食にならずに済んだというのが戯曲の趣旨のようです。
「いままでどうしてあの人に気付かなかったのだろうねえ。」という薄への述懐があります。これもキーワードです。舞台でも,今まで気付かなかった方に気がつくのはとても嬉しいこと。
見るぞ~。
投稿: とみ | 2006年11月28日 (火) 12時55分
TB、コメント有難うございました。TBいただいた記事をTB返しさせていただきましたm(_ _)m
泉鏡花年のまとめ、じっくり読ませていただきました。
>丈がとらえておられる鏡花作品の主題について述べられた。.....この世の秩序を回復するのは職人という芸術家であるという信念で書き上げられているとのこと。
なるほど、だから最後は近江之丞桃六によって大団円を迎えるという結末になっているのですね。
七月歌舞伎座公演の前に朗読会(すっぴんの)をされ、終わった後で今回のような朗読会という連続企画!本当に練り上げられています。この連続企画に対して何かの演劇賞が授与されてしかるべきだと思います。
京都の顔見世にご出演にならないと話題になっていましたが、丈の独自の企画物にもっとエネルギーを振り向けようとされているよかなと拝察しております。こういうご活躍をさらに充実されることを私も願っています。
最近、私も仁左衛門丈の魅力にもとりつかれ、顔見世の「先代萩」の感想を気合を入れて書きました。八汐編・勝元編と前後半を分けて2本。玉三郎丈との次の共演も東京で楽しみにしているのですが、歌舞伎座の建替え後のこけら落としくらいまで待たないといけないでしょうか。
投稿: ぴかちゅう | 2006年11月27日 (月) 23時28分
>ぱーるさま
遊びに来て頂きありがとうございます。八千代座という伝統木造建築の空間なら,妖怪も出そうですし,さぞ舞台と客席の一体感もありましたことでしょう。本当に感謝です。
>皆プロなのだなあと感心しましたよね。
皆玉三郎丈と思って聴いておりました。丈が納得なさらないものは舞台上にあるはずもありません。
>私はなぜか映画の時の台本を持っているのですが
いいですね。音読してお楽しみ。繰り返しリプレイしてきださいませ。ところで,舌長姥はなさいませんでしたね。
>獅子丸くんとも遊ばせていただきました。
かまっていただいてありがとうございます。仁左衛門丈が好きでお名を折り込んだ句を読みます。
投稿: とみ | 2006年11月26日 (日) 17時48分
>スキップさま
過分のコメントありがとうございました。イントロで力尽きた情けない者です。7月の玉三郎丈関連エントリに多くのコメントを頂いたことに感謝し,畏敬の心を込めて書きました。
全く話変わりますが,坂東功一丈があまりにも坂東薪車丈に似ておられるので椅子から転げ落ちそうになりました。おうちに帰って揚巻さん八ツ橋さん等のお写真(肩貸しておられます。)全部出して比較し,ニマニマしてしまいました。
玉三郎丈の視線の先にあるものは,差し金の蝶,湯飲み,生首,全て玉三郎丈になると信じています(殆どアホです。)。
投稿: とみ | 2006年11月26日 (日) 16時09分
>ムジコさま
ようこそ拙宅においでくださいました。上方で身の丈に合わせて観劇していますので,このような細々としたものですが,玉三郎丈を拝見しますと,灰色の脳細胞が活性化します。
拙文のキーワードは「選ばれし者でなくとも…。」です。ワタクシにとっては,「玉三郎丈が選びし者」がいっとう大事(ここまできたら一神教に近いかも?)。
ご贔屓さまに比べまして観劇回数は極端に少ないですし,情報もございませんが,貴宅にお目汚しに上がらせて頂きます。
投稿: とみ | 2006年11月26日 (日) 15時52分
こんにちは~ムジコさんに引き続き遊びにきてしまいました♪
私は結局、大阪には行けず八千代座のみでしたが、本当にすばらしくてぜひ他の演目でも企画を立てて頂きたいと祈っております。
いやいや、やはり皆プロなのだなあと感心しましたよね。
私はなぜか映画の時の台本を持っているのですが真似して読んでもああはいけません。
学生時代演劇部だったんですけどねえ~ヾ
獅子丸くんとも遊ばせていただきました。
又おじゃましますね!
投稿: ぱーる | 2006年11月26日 (日) 12時17分
とみさま
トラックバックありがとうございました。
おっしゃるとおり、今回の朗読劇によって七月歌舞伎座での「天守物語」の理解がより深まった訳ですが、鏡花文学そのものの素晴らしさも、玉三郎さんの崇高さも一門の皆様の精進も、このとみさんの文章で改めて教えていただきました。
玉三郎さんのお美しさにひれ伏し、こんなエントリをお書きになるとみさんにひれ伏すばかりのスキップでございます。
投稿: スキップ | 2006年11月26日 (日) 03時39分
天守物語朗読の素晴らしさが分りました。色々な方の書き込みを読ませていただいて,なんとなくすばらしいとは判ったのですが,とみ様のこの文章ではっきりと判りました。
玉さんの息のかかった一門の出演ならではの,そしてもっとも玉三郎舞台の完成度の高い出来上がりと思われます。
あーー挨拶が後になりました。はじめましてムジコと申します,ハイ,あの夢玉,鈴太鼓のムジコです。どうぞよろしく。
投稿: ムジコ | 2006年11月26日 (日) 00時33分