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2006年8月15日 (火)

あわれ彼女は娼婦

Immolate022m_1 8月11日(金)19時開演,シアターBRAVA!で観劇
脚本:ジョン・フォード,翻訳:小田島雄志,演出:蜷川幸雄
美術:中越司,照明:原田保,衣装:前田文子,音響:井上正広

メインキャスト:ジョバンニ(フローリオの息子):三上博史,アナベラ(フローリオの娘):深津絵里,ソランゾ(貴族):谷原章介,ヴァスケス(ソランゾの従者):石田太郎,ヒポリタ(ソランゾの情人):立石涼子,プターナ(アナベラの乳母):梅沢昌代,バーゲット(ドナーデットの甥):高橋洋,フィロティス(リチャーデットの姪):月影瞳,ポジオ(バーゲットの従者):戸井田稔,枢機卿:妹尾正文,グリマルディ(ローマ貴族):鍛治直人,リチャーデット(偽医者):たかお鷹,フローリオ(パルマ市民):中丸新将,ドナーデット(パルマ市民):有川博,ボナヴェンチュラ(修道士):瑳川哲朗

中世のイタリア・パルマ。パルマの奇跡として非のうちどころのない秀才ジョヴァンニは,修道士ボナヴェンチュラに,美しい妹アナベラを女性として愛しているという衝撃の懺悔を行う。ボナヴェンチュラは神に背く大罪と彼を叱責するが,ジョヴァンニはアナベラに愛か死かと迫る。アナベラもまた,ジョバンニを男性として愛していたことを告白し,2人は結ばれる。
アナベラは多くの求婚者を退け,2人は束の間の幸福に酔うが妊娠が発覚。偽装のため,求婚者の一人貴族のソランゾに嫁ぐ。しかし,そんな欺瞞が通じるはずもなく,ソランゾは妊娠を見抜き,お腹の子供の父親が実の兄であることを探り当てる。
体面を傷つけられたソランゾの元情人のヒポリタの陰謀。ヒポリタの寝取られ亭主の復讐。ソランゾを恨むグリマルディの激情。純真なバーゲットの悲運。ジョバンニとアナベラの神をも恐れぬ愛は,血が血を呼ぶ輪舞として最高潮に達し,関わった全ての男女の暗い復讐心を巻き込み,終極に向かって突き進む。

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演劇

蜷川氏が世界のNINAGAWAであり続けることを証明した精力的な仕事である。かねてから,ジョン・フォードの「あわれ彼女は娼婦」で共に仕事をと望んでいた三上氏と深津氏を迎え,万を持しての上演となった。
相変わらず,装置,小道具の使い方,照明は美しい。
特筆しなければならないメタファーはふたつ。装置前面に不規則に張られた赤い糸と馬である。赤い糸は基本的に血であるが,血縁を示しているのかもしれない。馬は,男の欲望である。

人物像と愛憎のベクトルがはっきりしているので,気持ちがグァーとのめり込む。もしかしたら難解だったかもしれない戯曲だが,蜷川さんを信頼し,ついて行けば間違いない。恋の障害は深刻なほど燃え,血の流量は多いほうが観客受けするという当時の作劇手法も,自己に厳しい蜷川さんの手にかかれば,演劇的真実として説明され,体系付けられてくる。

まず,近親相姦という題材に相応しい高貴な相似形の美しい男女を主演に据えたところで勝負あり。恋敵には,主人公と異種の美男を立てて完璧。後はカテゴライズされた役どころを,常連の巧者に占めて頂く。「ロミジュリ」と「あわれ…」は見事に相似形を成す。蜷川さんのキャスティングも象徴的である。
ジョバンニロミオアナベラジュリエットソランゾパリスバーゲットマキューシオボナヴェンチュラロレンスプターナジュリエットの乳グリマルディティボルト枢機卿ヴェローナ大公フローリオモンタギュー
バーゲットマキューシオは高橋洋氏,ボナヴェンチュラロレンスは瑳川哲朗氏,プターナジュリエットの乳は梅沢昌代氏と符合する。立石さんはキャピレット夫人,妹尾さんはモンタギューであった。

ここまでで,十二分に満足している。最終章の愛の惨劇でカタルシスはあるかどうかが観劇後,爽快かどんよりかの分岐点となる。どちらにしても生きる道は無かった二人。アナベラはジョバンニに命を絶たれ幸福であったと確かに言える。しかし,ソランゾに先んじてアナベラを殺したと心臓を高く掲げ勝利宣言を行うジョバンニに,よくやったとは言い難い。居合わせた賓客を滅多切りにするというのも,賛同は致しかねる。無差別殺人の罪は…?しかし,画像的には痛ましくも美し過ぎる。
全部許す!そして,枢機卿の下した裁決が「あわれ彼女は娼婦」。
蜷川さんブラボーとしかいいようがない幕切れであった。

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演劇」カテゴリの記事

コメント

11月24日(金)WOWOWで放映される。
既に発表になっていたが予告編を見ると素晴らしかった公演の記憶が甦る。

投稿: とみ | 2006年9月16日 (土) 00時41分

>木蓮さま
ようこそ,拙宅へ
実は,26日,ペリクリーズをwowowで拝見し,エントリ書こうかやめとこか悩んでまして貴宅にゆきつきました。ペリクリーズの頃はまだブログやってませんでしたので見っぱなしですが…。

さて,妹尾さんの枢機卿。木蓮さまも課題とご覧になられましたか。似通った年齢層及び容姿の役者さんで脇を固めておられますが,世代は同じでも,宗教的権威の絶対性を表現するなら,痩身長躯・白髪美髯の方をキャスティングいただきたかった気がします。宗教的権威の腐敗なら妹尾さんが適任です。
wowow放送あるのですか!うれし~。調べよっと。

ワタクシメは,ストレートプレイの観劇暦が最も長く,歌舞伎は超初心者です。

投稿: とみ | 2006年8月31日 (木) 12時45分

私の方からも遊びにやって参りました。
十字架の画像、イメージに合っていて
とても素敵ですね!

ラストの台詞は、枢機卿(妹尾さん)に言って欲しくなかったです。
あの一言で余計、心が重く救いようがなかったです。
しかも、枢機卿(妹尾さん)の言い回しも上手くないので・・・
何だかスッキリしない内容でした。
wowow放送があるそうなのですが、
唯一の救い?のバーゲット(高橋洋さん)のシーンばかり
繰り返し見てしまいそうです。

とみさんは色々なジャンルを観られているのですね。
いつか歌舞伎デビューしたいと思っている私です。

投稿: 木蓮 | 2006年8月31日 (木) 09時02分

>麗さま
お寄り頂きありがとうございます。初日,誕生日,千穐楽とご懸命な劇場通い,あやかりたいものでございます。
様々なお方からご意見を頂戴し,なにげに使った言葉の重要な意味を加筆しています。
「神に背く愛」と一口に申しましたが,キリスト教徒は前世も後世もありませんから,来世は一つ蓮の上でと心中しても意味ありません。避けられない死を納得行く形で迎えるには,アナベラを断罪する罪の体系の根幹に立ち向かう必要がありました。アナベラの罪に見合う大罪をジョバンニも積み重ねなければならなかったとも言えるかもしれません。
大詰めの無差別殺人の意味はとても重いです。
それならなおさら真っ先に枢機卿を血祭りに…(まだ言うか。)。

投稿: とみ | 2006年8月20日 (日) 22時56分

とみさま

拙blogへのコメント&TB有難うございます。
エントリの画像を見た瞬間、舞台でのラストシーンを思い出して鳥肌立ちました。
いやぁ~素敵な画像を貼られてらっしゃる!
私は3回観ましたが、未だに理解不能な点が多くあります。
当時の階級制度や宗教観が分らないので仕方ないのかもしれませんが、、、。
ジョヴァンニが最期まで守りたかったのは、
妹アナベラの名誉。
ゲスト達に無差別に刃を振りかざしたのは、
階級や宗教といった当時の価値観への反抗だったのではと、自分なりに解釈しております。

観劇して日が経つにつれて、じわじわと感じる作品。
原作も読んで、更に理解を深めたいと思ってます。(笑)

投稿: | 2006年8月19日 (土) 23時53分

>いわいさま
ごらんいただきありがとうございます。
枢機卿には,「貴様の許しはいらぬ。」,「貴様に許されるのは不名誉だ。」と言いたいところですね。罪の軽重の基準がよく分かりません。
4百年間ごらんになった延べの観客が許しておられるのですから,われわれも許して次世代へということになりましょうか。
また,今後必ずエントリはプログラム読破してから立てます。
よろしくお願いいたします。

投稿: とみ | 2006年8月16日 (水) 12時41分

とみさま、こんばんは。
コメントとトラックバックをありがとうございました。

>全部許す!
これに同感です。
死ぬ必然を感じつつも、無差別殺人には少々ひるみました。
それでも、絵的には美し過ぎました。
これからもよろしくお願いします。

投稿: いわい | 2006年8月16日 (水) 00時21分

>スキップさま
ご覧いただきありがとうございます。(;^_^A アセアセ…画像サイトからお借りした十字もがーんでございました。
基本は,ピュアなふたりの愛の勝利と,汚濁に満ちた俗人の破滅が主題ですから,そうみえなかったポイントがあれば,演出家はやはり批判を受けざるを得ません。それでも,脚本を潤色なさらない蜷川さんにやはり敬服いたします。

投稿: とみ | 2006年8月15日 (火) 23時39分

とみさま
こんばんは。
「ロミオとジュリエット」と「あわれ・・・」が相似形を成すというくだり、私も全く同感ですが、プログラムの松岡和子さんの説をお読みになる前に書かれたとのこと、改めてとみさんの眼力に敬意を表する次第です。
流血の惨劇で迎える終末への賛否はさておき、主演の2人をはじめ役者陣、舞台美術、原作戯曲の流麗な台詞、脚本、そして蜷川さんの演出・・・いずれも極めて上質の、美しく印象的に残る舞台でした。

投稿: スキップ | 2006年8月15日 (火) 23時00分

>ハヌルさま
ここは自宅なので恐れず書きます。
ハヌルさまのラスト「この人誰は?」,キャスティングの弊害です。年齢層が似通った人で脇を固めすぎると起こります。
ジョバンニに感情移入出来ないのは,「どうか,貴方のお手にかかります。殺して,殺して。」という台詞が無いからと思われます。近松刷り込みの日本人だからでしょうか。目を開いた最期もむごいですし…。
伊勢音頭,籠釣瓶も盟三五大切も受け入れられるのにどうしてなのでしょうね。
あ,パンフに似たような画像発見。先に見てから,エントリ立てないといけませんね。今回はこればっか…。

投稿: とみ | 2006年8月15日 (火) 22時10分

とみさま、こんばんは。
なんとも、生々しい画像ですね~。 
肉を食らうジョバンニの姿が目に映る・・・・。 ああ・・・。
アナベラの命を絶った後で、手当たり次第に客人を殺していく様は、ちょっと納得できないものがありました。
自分をそこまで蔑ませる必要はあったのか、と。
アナベラを刺した手であの時一緒に死んでいれば・・・、少しは救われたかもしれないのに、とも思ったのですが。
でも、僕らは間違ってないんだと主張したい彼には無理なことだったのかもしれません。

投稿: ハヌル | 2006年8月15日 (火) 21時29分

>みなさま
プログラム今読みまして,松岡氏のジョン・フォードとシェイクスピアの関係を勉強させて頂きました。もうエントリ立ててから一日,コメントもいただき,トラバも致しましたので訂正しません。基本的に間違っていなかったのでホッとしています。
高橋洋さんのマキューシオ・バーゲット説は自説です。

投稿: とみ | 2006年8月15日 (火) 21時19分

>ゆっこさま
賛否両論というのも蜷川さんの気概を感じます。全員の賛同頂ける芝居が確実にお出来になればこその問題提起なのでしょうか。
タイタス・アンドロニカスよりは穏当に思えましたが…(`_`)ノ゙バシィィィィィ!!!!。
主演お二人の相似性と美しさを類い希と申しましょうか人間離れした域にまで昇華させないといけないのかもしれません。

投稿: とみ | 2006年8月15日 (火) 21時07分

>悠さま
コメントありがとうございました。珍しく戯曲読まずに観劇してしまいました。
オープニングから,ロレンスが泣き叫ぶロミオを説得するシーンに重なりました。リチャード三世もオセロもおられます。エンディングはタイタス・アンドロニカス。同時代の皆さんはこのようなお芝居を楽しんでおられたのですね。
もちろん,沙翁が現役なら,ジョン・フォードも現役。もっと上演して欲しいものです。

投稿: とみ | 2006年8月15日 (火) 20時57分

とみ様、ご無沙汰しております♪
TBありがとうございました。
>最終章の愛の惨劇でカタルシスはあるかどうかが
>観劇後の爽快かどんよりかの分岐点となる
うっ。
残念ながら、カタルシスを感じられなかった未熟者です。(汗)
「馬」は男の欲望のメタファーだったのですかぁ!ふーむ。(←無知)

美術・音楽・役者どれもが非常にハイレベルな舞台だったとは思うのですが
ワタクシ個人との相性が今ひとつだったようで。。。
次回の「オレステス」はどうだろなぁ。

投稿: ゆっこ | 2006年8月15日 (火) 15時14分

秀才ジョヴァンニが、アナベラに愛か死とくどくところ、リチャードがアンをくどくところに似てるな~と思ってみてました。
加えて、ヒポリタがヴァスケスをくどくとことか、こういうお芝居をみると、日本と違って、言葉の国なんだなと、いつも、痛感します。深津さんの作った声が、松さんに似てるな~と思ったんですが(って、この間、ゲド戦記で、神野美鈴さんの声を聞き分けられなかった私ですので、あてになりませぬ)。

投稿: 悠 | 2006年8月15日 (火) 08時42分

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