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2006年7月16日 (日)

私は女に生まれました,ほこりと果報を,この人によって享けましょう(縫子)

1 山吹
大正12年6月「女性改造」初出,監修:坂東玉三郎,演出:石川耕士,美術:前田剛,照明:池田智哉,衣装:坂東玉三郎
辺栗藤次:中村歌六,島津正:市川段治郎,縫子:市川笑三郎

修善寺温泉の裏路。遅咲きの桜と山吹の季節。
洋画家の島津(段治郎)は,思い詰めた表情の美しい夫人(笑三郎)に,訳あって追われる身,死ぬ覚悟ができるまで,妻と偽り同道して欲しいと請われる。正が悪戯はご容赦ときっぱり断ると,夫人は,傍らで泥酔している老人形遣い(歌六)に,のぞみを一つ叶えてあげようと声を掛ける。
老人は,若い日の罪滅ぼしに美しい女人に折檻されたいとのぞみ,快諾した夫人は傘で散々に打ち据える。願わくは朝晩打たれたいと請う老人。
尋常でない二人の様子に止めに入った正に,夫人は,実は娘の頃から貴方を慕っていた料亭の娘「縫子」であると告げ,婚家の子爵家を飛び出し追われていると身の上を述懐する。
醜悪な死を忌避し,生きる意味を老人形遣いとの道行きに見出す縫子に,正はかける言葉がなかった。

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歌舞伎

鏡花の生前に上演されず,昭和52年に一度,昭和55年に玉三郎丈主演で上演されたきりの戯曲。誰もが再演をのぞんでいないリスキーな作品であるが,丈には,確かな成算があられたことであろう。凡夫凡婦に是非もない。
3役とも台詞だけで進めなければならない難しいお役。一番おいしい辺栗藤次の中村歌六丈は,やはり冥加。縫子は,男性には共感が得にくい長台詞の連続,女の不可思議,身勝手,世間知らず,神性を表現しなければならない難役である。島津正も,鏡花が敵視する濁った世間を体現する憎まれ役。
開幕当初から完成度の高い仕上がりで,お役を生きられたお三方に,玉三郎丈の後ろ(何様のつもりやねんと突っ込みを入れられそうだが…。)から,敬意と拍手をお送りしたい。台詞劇の感動を,歌舞伎座でいただけた果報に感謝する。
衣装の玉三郎丈のお仕事であるが,縫子は玉三郎丈好みの紫系小紋に濃紫の八掛け。正はシャーロックホームズ風の洋装。これも長身小顔細身のお二人にお似合い。
はて,叶わなかった恋から一転,喜捨に近い老人との道行きという奇行に及ぶ女主人公。~難解~である。女性を崇拝し,女性の救いになりたいと切望する鏡花の分身が,老傀儡師と画家と見よう。
間違いなく滂沱の涙のハッピーエンドである。

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演劇」カテゴリの記事

コメント

>ぴかちゅうさま
学習不足,読み応えなし,楽しさに欠け,発見しにくいエントリ(申し訳ございません。)に,コメントありがとうございます。光栄でございます。
何の懸念も無い3つの作品と違うこれの意味は…。
どんなリスクも恐れず,未だ誰も体験していない美を提示しようとする玉三郎丈の挑戦とワタクシは受け止めました。
歌舞伎座の観客がまた素晴らしかった。長く続いた拍手は,演者への感謝と賞賛の礼を尽くしたものに他なりません。
プロデューサーとしての丈が舞台にお立ちになり一礼なされば,飛ぶのは花か座布団(爆)か…。
それでこそ,走り続ける丈であられます。
結局,丈を讃えてるだけじゃんと突っ込まれれば,ハイと答えるとみでございました。
しっかり学習してまいりますのでご鞭撻を賜りますようよろしくお願い申し上げます。

投稿: とみ | 2006年8月 9日 (水) 17時28分

「山吹」は人間界を舞台にしていますが、「魔界」の縁がのぞいています。現世にいながらの魔界的生活にふたりは入っていったと思いました。私はまさに滂沱の涙を流してしまい,「天守物語」で楽しい気分で打ち上げてまいりました。
(ぴかちゅうさまの高い美意識と感性を損なわないよう配慮し,中略させていただきました。)
さて,「高野聖」という案も面白いと思いました。私は何も思いつかないのですけれど(^^ゞ
それでは姫路城に行かれた後、終章をまとめられるのを楽しみにしております(^O^)/

投稿: ぴかちゅう | 2006年8月 9日 (水) 02時22分

>かいちょさま
普段はあまり推論や私見を書かない主義ですが今月は特別です。鋭い突っ込みに期待します。
三部作は考えやすいです。序破急,天地人,3楽章立ての協奏曲,浮世絵も三枚セットです。
四部作は,起承転結,4楽章立ての交響曲,アルマンド,クーラント,サラバンド,ジーグの組曲(いけるかな)とちょっと苦しいのです。この世は7幕芝居は沙翁の台詞ですし…。
8月納涼歌舞伎は戌つながりとか。楽しいそうですね。

投稿: とみ | 2006年7月22日 (土) 23時56分

とみさま
山吹の記事も楽しみにしていました。
鏡花の本も読みました。体勢を整え今月末の再観劇の際の自分の理解力を楽しみにしています。
今月は特に、無難に演じている方(?!)がいないので、理解できないと、その気迫にやられてしまって いろいろ考え込んでしまい、ぐったりきました。どうしたらよいのだろうと思って。
前回は、最後の方でやっと筋がわかるという ていたらくでしたので。先がどうにもならない気がしてしまいました。(老人に人生を託すというところが、難解でした)
叶わなかった恋が、喜捨という形で女性(縫子)の救いになった。 そういうことかと思いました。
次は、自分なりに感じてこようと思います。
いつも、一度ならず観るつもりでいるので、わからなくても次の機会に理解や発見ができるように考え直してみています。
能の5番立てとまでは考えが及びませんが(驚きました)、深い考察ができるように楽しみたいと思います。
目先の観劇に追いやられ、2,3ヶ月してから考えるなんてのんきなことも多いのですが・・・

投稿: かいちょ | 2006年7月22日 (土) 22時57分

>向日葵さま
実は,最近よそ様をしっかりチェックできておりません。さぞ,あちこちで素晴らしいエントリが立てられていることでしょう。
もし,魅力的な仮説に行き会われましたらまたお教え下さいませ。

投稿: とみ | 2006年7月21日 (金) 00時46分

とみさま、能五番立て構成への見事な見立て、感銘です。
私も同感。
4本見終わったときに、直感で「これって能じゃないの!」と思ったのです。今回は異界のものが主役の舞台で、本質は能と通じるではないかと。玉三郎様はどのように考えてらっしゃるのだろうか?
また、4本とも、歌舞伎という男性役者世界による”女性性への賛歌”というのも、陰陽バランスを意識した演出のようにも思えます。

投稿: 向日葵 | 2006年7月20日 (木) 01時35分

>向日葵さま
再び光栄なコメントありがとうございます。一応4本の一度目のエントリはまとめました。
死と隣り合わせの生。安全な高みにある者が握るか弱い者の生き死に。あやかしとうつつの間だけでなく,現世にも魔界の口が開いていることが主題と見ました。
能五番立て構成との考察は少し考え,余力があれば,別エントリで示すかもしれません。
神・脇能,男・修羅能(夜叉ヶ池),女・鬘物(海神別荘),狂・雑能物(山吹),鬼・切能(天守物語)。朝一番に三番叟があれば見事に符合するのですが…。

投稿: とみ | 2006年7月18日 (火) 23時31分

とみさま
あの濃密な舞台空間雰囲気を、見事に言語化してくださりありがとうございます。
山吹、大人の劇ですよね。実は”天守”とは違った味わいで、観劇から1週間経っても心の底に印象深く残っております。人間の息遣い=セリフだけで構築するこの舞台、演劇の本質という点で、4作の中で一番だと思います。
4作を能公演になぞらえるなら、私にとっては、海神が狂言で、山吹が能に近いイメージです。

投稿: 向日葵 | 2006年7月18日 (火) 19時44分

>はるきさま
演劇評論家以外の観客は,分からなかったら悪びれることなく玉三郎丈の独善に「ついていけませ~ん」と批判する権利ございます。舞台上の一草木,茶碗の一片,雷鳴の一閃まで玉三郎丈です。
自分の感性の欠落を「客席には伝わらなかった。」と書くプロの批評家おられます。「てめーの勉強不足を棚に上げ何言ってやんでぇ」でございます。
とみは,贔屓目,親心,感情移入でかなり曇っていますが,基本は舞台にかかわる全ての方への敬意と感謝を基本としています。今後ともよろしくお願い致します。

投稿: とみ | 2006年7月17日 (月) 18時53分

とみさん、おはようございます。やっぱり見る方が見ると全然違うのですね。深い視点を教えて下さって、有難うございます!

>山吹は,歌舞伎座で掛ける意義とか,これが歌舞伎かとかあーだこーだとのたまう演劇評論家が信じられませんので

言い訳になってしまいそうですが、捉え方がわからない…と悩んだ私も、そんなことは思いませんでした。自分がわからないからといって、安易に戯曲や芝居そのもののせいにするのはどうかなあと思います。

投稿: はるき | 2006年7月17日 (月) 11時05分

>cocoさま
ご覧頂きありがとうございます。先週からの積み残しも天守物語一題を残すのみとなりました。これも,ひとえにcocoさまらのおかげです。
山吹は,歌舞伎座で掛ける意義とか,これが歌舞伎かとかあーだこーだとのたまう演劇評論家が信じられませんので少し心配です。安全な高みにいる人に見えないこと多いです。
笑三郎丈と段治郎丈なら高野聖に一票。老爺はもちろん歌六丈,間抜けな薬売りに薪車丈。夜叉ヶ池と符合しますし…。
と,鏡花妄想は果てしなく続きます。

投稿: とみ | 2006年7月17日 (月) 00時44分

>とみさま
「鹿鳴館」と同じく、予習をしていけばよかった・・・と後悔しました。月末に再度劇場へ参ります時は、多少の心のゆとりをもってしっかり見ようと思いました。はてさて、「天守物語」はいったいどのような盛り上がりになっていることかと、楽しみにしております♪

投稿: coco | 2006年7月17日 (月) 00時11分

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