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2006年2月 9日 (木)

鹿鳴館

劇団四季「鹿鳴館」観劇の予習として,江戸東京博物館に,建物の模型を見に行った。20分に一度屋根が開き,音楽と共に中の人物が円舞曲を踊る。
鹿鳴館は,明治16年(1883),日比谷に完成した。時の外務卿井上馨が不平等条約の解消のため,外国人専用の迎賓館として,工部大学校造家(ぞうか)学科(東京大学工学部建築学科の前身)の教官として招聘した英国の建築家ジョサイア・コンドルに設計を依頼し,大倉組(現大成建設)に施工させた。イタリアルネッサンス様式に英国風を加味した煉瓦造り2階建ての美しい外観を誇る建築物で,英国の植民地に多いバルコニー付き,庭も整備されていた。アラベスクなど東洋的なイメージも積極的に採り入れていた。
そこでは西洋音楽による舞踏会が繰り広げられ,のちに「鹿鳴館時代」という言葉を生んだほど一世を風靡した。しかし条約改正交渉はうまくいかず,鹿鳴館は時代のあだ花として井上馨の失脚と共に政治的意味を失った。その後,所有権は転々とし,昭和15年に解体された。
政治的には短い生命であったが,文化史上,建築史上の燦然たる輝きは,建物が失われた今も色あせることはない。三島由紀夫氏が戯曲の舞台としてタイトルに採用するほど「鹿鳴館」という言葉が想起するものは,華麗で大時代で,短い夢のようなものである。

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コメント

>はるきさま
少し拝見しない間にデータベースがたいそうな充実でございますこと。掲示板をたたまれたのは残念ですけど,曇りのないはるきさまの眼差しを確かめるため,お邪魔させていただきますわ。
まあ,はるきさま。愛とエスプリだなんてお上手ばかり仰言って。困りますわ。
>みかん星人さま
そうなんですの。石碑もはじめはコースとして検討してましたわ。建物は変わっても,さんざめく光と,紳士淑女の駆け引きの舞台というトポスは生き続けているように思われますもの。次はきっと訪れますわ。
今週始めのキャストチェックは本当に恐ろしゅうございました。福井さんのお名が消えていたらどうしようと…。いつもはリベラルで普遍性のあるワタクシですのに,あの方のこととなるとどうかしてしまいますの。幾度もご覧になる貴方様のレポートをいつも楽しみにさせていただきます。

投稿: とみ | 2006年2月10日 (金) 12時53分

こんにちは、はじめまして。
TBありがとうございます。

私も『江戸東京博物館』のあの鹿鳴館は好きです。
最初は上に乗るのに少し怖かったのですが(笑)
あの博物館では、爆弾の直撃を受けた鉄骨をみて、
かなりショックを受けましたねぇ。。。。

閑話休題
劇団四季の『鹿鳴館』を観て、
「どんな建物だ?」と疑問を感じていますので、
近いうちに、また、
あの屋根が動くのを観に行きたいと思っています。

違う記事にTBさせていただきます。

投稿: みかん星人 | 2006年2月10日 (金) 00時53分

おとみさん、こんばんわ。
江戸博って楽しいですよね。常設展も最近はお邪魔していないのですが、お話にある鹿鳴館の仕掛やら、はたまた四谷怪談の提灯抜けの仕掛やら工夫がこらされて、東京という土地に愛着を持たせてくれるつくりになっているように思います。

すみません。こちらさまのリンクですが、先ほどアップ致しましたのでよろしければ御確認下さい。→http://www.geocities.jp/gaulare/link.html

投稿: はるき | 2006年2月 9日 (木) 22時56分

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今日のニュースでたくさん流された映像に、「帝国ホテルに横付けされる車から降りる人 [続きを読む]

受信: 2006年2月10日 (金) 00時54分

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