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2006年2月

2006年2月28日 (火)

利休忌

ひょうご芸術文化劇場「獅子を飼う」の感動が醒めやらない今日2月28日(ずっと醒めません。)は,千利休の命日である。堺の納屋衆から天下一の茶頭となった千利休は,天正19(1591)年2月28日,天下人豊臣秀吉より切腹を賜った。後の世の生活様式と精紳まで支配する文化クリエーターとしての偉業にもかかわらず,その死は謎に包まれ,文学者や劇作家の創作意欲を刺激する。
裏千家と武者小路千家では,一月後の3月28日に,表千家では3月27日に,追善のための大茶会「利休忌」が行なわれる。3月に行なわれる理由は,天正19年は閏1月がある年だったので,2月は実質的には3番目の月であったという説もある。
利休は,菜の花を殊のほか好んだ。このため,「利休忌」が明けるまで,茶人は茶室に菜の花を飾らないという。菜の花の開花を待って行なわれると思うとゆかしい気がしてくる。
山崎正和氏が舞台で使った花は何だったかチェックしてみなくては…。ワタクシの目には朝顔に見えた。今日は,純朴な野の花を好んだという人柄に思いを馳せてみよう。t_313818.jpg

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2006年2月27日 (月)

宝塚雪組公演『ベルサイユのばら』オスカル編

2月26日(日)宝塚大劇場で,雪組公演『ベルサイユのばら』オスカル編を観劇した。
宝塚グランドロマン『ベルサイユのばら』オスカル編
脚本・演出/植田紳爾,演出/谷正純
メインキャスト/オスカル:朝海ひかる,ロザリー:舞風りら,ジェローデル:貴城けい,アンドレ:水夏希,アラン:音月桂
マリーアントワネット生誕250周年記念として,宝塚歌劇団の2006年のラインアップは,ベルサイユのばらを,星及び雪の2組で上演している。不祥事の続く宝塚市,遊園地撤退で閑散とした周辺というマイネスイメージを払拭するかのように,一気にバラが満開になった。
1990年に月組で涼風真世,麻乃佳代,天海祐希,久世星佳などにより上演された,マリーアントワネットとフェルゼンが登場しないバージョンを基本に,当代雪組メンバーの仁や資質に相応しく再構築したものときく。

1789年のフランスは,王党派と革命派の一触即発の状態にあった。ジャルジュ伯爵家の令嬢オスカルは,軍人として育てられ,近衛隊長を務めていたが,王政に疑問を感じ,平民が主体の衛兵隊に転属を願い出る。オスカルだけを思い続ける従卒アンドレ,オスカルに危難を救われ密かに慕う小間使いのロザリー,オスカルを守ろうと求婚する近衛隊少佐ジェローデル,反抗しながらもオスカルに心酔する衛兵隊の荒くれ隊士アラン。オスカルを思う様々な愛が交錯するなか,運命の7月14日が迫る。

2006-2top ベルばらは,絢爛豪華,明るく華やか,女性の夢を全てちりばめた宝塚作品の決定版である。雪組主演の朝海ひかる氏は,男役としては小柄,痩身美形,小顔,こぼれ落ちそうな大きな瞳にキレのよいダンスと,オスカル役者としての要件を全て備えたスターであられる。舞風りら氏始め雪組主演級も,痩身美形,小顔,ダンスに長け上品であるので,全体に優しげな印象にまとまっている。
原作の劇画にあった感動的な場面が,新演出で追加されている。視力を失い,出来上がった肖像画を見ることのできないアンドレが,心の中に刻まれた肖像を歌い上げる。しっかり楽しませて頂いた。

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2006年2月25日 (土)

シェイクスピアヴィジュアル事典

シェイクスピアヴィジュアル事典
レスリー・ダントン=ダウナー著 / アラン・ライディング著 / 水谷 八也訳 / 水谷 利美訳
新樹社 (2006.2)
通常24時間以内に発送します。

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2006年2月23日 (木)

まもなくひな祭り・女人厄除け市比売神社へ!

まもなくひな祭り。ひな祭りの準備運動に,突然思い立って市比売神社に立ち寄ってみた。
京都市下京区河原町正面にある市比売神社は,「いちひめさん」と呼ばれ,縁結び,子授け,女人厄除けなど,女人守護の神社として親しまれている。女人守護といっても,呪詛や縁切り系でなく,皇室ゆかりの末広がりの繁栄を司る神様である。元は名のとおり市の守護神で,現在も中央市場の神様である。厄年の女性が大勢参詣すると聞く。
ひな祭りには,人間がひいなの装束を着用する楽しげなイベントが開催される。某大演出家のシェイクスピア劇に登場する三人官女のマクベスの魔女,内裏びなのクローディアスとガートルードを思い出す。
信号を渡ると茶筒の老舗開化堂がある。ここで,家宝にしたいようなすばらしい茶筒を購入し,香り高い茶を愉しむのも心の贅沢である。本日のところ購入は見送ったがいつか絶対欲しいものである。nec_0105

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2006年2月21日 (火)

今日から福井さんがマンカス

劇団四季の公式ホームページは,その週に行われる公演の想定キャストが掲載されている。今週は表題のとおり。
昨年の5月26日,同じタイトルの記事を書いた。その頃は,拙ブログのテンプレートは猫柄だった。
劇団四季の福井晶一さんは,キャッツのマンカス・トラップ又はラム・タム・タガー,アイーダのラダメス等を持役とする,歌よし,ダンスよろし,マスクよろしの俳優さんである。勇気と正義感にあふれたシャイな奴がお似合いである。で,福井さんのマンカスを心より寿いでいる。

彼を贔屓とするワタクシは,彼が三島由紀夫戯曲の最高傑作「鹿鳴館」の清原久雄役に抜擢されたので,自由劇場まで出かけたが,それは違和感があるものだった。
清原久雄役は,一言で言うなら「運命の悪意」。宿業(三島という戯作者)がヒロインに突きつけた過去からの告発状の擬人化である。
芸妓あがりの伯爵夫人・ヒロイン朝子は,間違いや躓きを繰り返しながら,与えられた情況に対応し,精一杯生きてきた。その道しか選べなかったと,過ちを自らに許し,微塵も反省は無かった。息子の久雄に会うまでは…。
久雄役者に与えられた役割は,恵まれた資質(知性と容姿)と,劣悪な家庭環境が形成した傷(近親憎悪と人生への諦観)の齟齬を体現することにある。しかも,台詞は三島の美文。好漢・福井さんに似合うとは思えなかったのが違和感の理由である。
四季の俳優さんは皆さんナイス・ガイ(笑)。どなたも苦戦が予想されるが,孤独な少年を演じることが可能な田邊さんは期待される。
どちらにしても,猫鹿遠征を計画しなくてはと思ったが,状況が許すであろうか?

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2006年2月19日 (日)

りゅーとぴあ能楽堂シェイクスピア・シリーズ「マクベス」

217日(金)大阪上町の大槻能楽堂で,りゅーとぴあ能楽堂シェイクスピア・シリーズ第四弾「マクベス」を観劇した。りゅーとぴあ能楽堂シリーズは,新潟県のシアターコンプレックスにある能楽堂から発信する演出家・栗田芳宏が手掛けるもので,その独創的な発想と,様式的な美しさとで高い評価を得ている。
概要は以下のとおり(敬称略)。

作:ウィリアム・シェイクスピア(松岡和子訳),構成・演出:栗田芳宏
出演:マクベス・市川右近,マクベス夫人・市川笑也,ダンカン・菅生隆之,バンクォー・谷田歩,マルカム・市川喜之助,マクダフ・中井出健,ロス・星和利,マクダフ夫人・山賀晴代。レノックス・松浦大樹,魔女・田島真弓,横山愛,横山道子,塚野星美,住田彩,藤田ゆかり,ヘカテ・藤間紫(特別出演)

能楽堂で和の衣装で演じられるが,時代や場所を設定していない純粋な抽象化した様式である。考えてみれば能とシェイクスピアは近しい時代。張り出し舞台で前後の動線を強調した動きというのも共通する。舞台もセットでなく本物の能楽堂,装束も能衣装を基調とした豪華なもの。役者もストレートプレイに申し分のない力量を持つメンバーに,歌舞伎役者の市川右近丈,市川笑也丈及び市川喜之助丈と,お役に相応しい人選で固める。
スペースシャトル,機関銃の乱射,戦車の侵攻,迷彩服に木の枝を付けた兵士は登場しない。魔女は,三人官女,五人囃子でもゴラム風でもなく,あっと驚く演出はどこにもない。剣戟までない。あ,いちま人形は登場する。限りなくストイックで動きは様式的である。豪華なキャストにもかかわらず,役者を見せるという歌舞伎の王道からも背を向けている。
マクベスは野心だけ一人前の小心者,マクベス夫人はエキセントリック, マクダフは逃げ足速いそこそこの正義漢,ダンカンは善人,バンクォーはおめでたい蛮勇者。マルカムは秩序の回復者。跪きたいほど原作に忠実である。
今公演のキーパースンは秩序の回復者マルカムである。昨今のシェイクスピア演出は,この世のゆるんだたがを締め直すのがよほど気恥ずかしいのか,この役を,邪悪な若者や凡庸な平和主義者にしてしまいがちである。ハムレットのフォーティンブラス,リチャード三世のリッチモンド,リア王のオルバニー公,ジュリアス・シーザーのオクタビアヌス。喜之助丈は,気負わず原作と演出家に忠実にマルカムを演じ,物語を収めた。終わるまでどんでん返しがないか緊張したが,静かに終わった。
マクベスについて語り出したら際限なくなるので,本日はこれまで…。夏のメタル・マクベスまで時間はあるのでゆっくり考察しよう。

明日も明日も,また明日も
とぼとぼと小刻みにその日その日の歩みを進め
歴史の記述の最後の一言にたどり着く
すべての明日は,愚かな人間が土に還る
死への道を照らしてきた。消えろ,消えろ,束の間の灯火
人生はたかが歩く影法師,哀れな役者だ

出馬のあいだは舞台で大見得を切っても
袖に入ればそれきりだ
白痴のしゃべる物語,たけり狂うわめき声ばかり
筋の通った意味などない

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劇団四季・異国の丘

2月19日(日),京都劇場で,先週開幕したばかりの劇団四季・ミュージカル異国の丘を観劇した。メインキャストは以下のとおり(敬称略)
九重秀隆・下村尊則,宋愛玲・佐渡寧子,吉田・中嶋徹,神田・深水彰彦,西沢・神保幸由,大森・江上健治,宋美齢・武木綿子,李花蓮・団こと美,劉玄・青山祐士,宋子明・山口嘉三,蒋賢忠・中村啓士,九重菊麿・武見龍麿,アグネス・フォーゲル夫人・久野綾希子,クリストファー・ワトソン・志村要(劇団俳優座),メイ総領事・高浜幸兵,ナターシャ・西田有希(劇団俳優座)

昭和三部作の第二作は,旧ソビエト連邦に第二次世界大戦の捕虜としてシベリアに抑留され,全ての捕虜の帰還が認められた昭和31年に,苦難の生涯を終えた貴公子の物語。
想像を絶する極寒の強制収容所で,人道を逸した捕虜虐待。生きるために協力者になる道を進める友人の「神田」。少しでも人々の心を癒そうと作曲を続ける「吉田」。秀隆は日本人の心の美しさを信じ,スターリン政権への協力を拒否し続ける。そんな秀隆には,鮮烈に散った高潔な魂を持つ恋人への思いがあった。
物語は,1937年ニューヨークに始まる。ときの日本国首相の令息・九重秀隆は,軍部の大陸進出という慌ただしい戦局にもかかわらず,合衆国に留学し,政治学を学びながら青春を謳歌していた。秀隆は,気の置けないパーティーで美しい東洋の女子学生と出会い心惹かれる。しかし,翌日,英国総領事館主催のパーティーで再びであったその娘は,中華民国政府高官の令嬢で,日本軍の暴虐を欧米列強に訴えるために来ていたのだった。
許されない二人だったが,運命は,この愛をつかの間,引き合わせ,無惨に引き裂く。

主演の下村氏は,何でも異国の丘のモデルとなった近衛文麿首相の御曹司とそっくりとか。どちらかといえば,貴公子系よりキャラクターダンサー系のお役が仁の好漢であられる。どうしてどうして,美声とシャープな所作で,ピュアな青年になっておられた。雪焼けメイクはリアリティを意識してと思われるが,立ち役は省略しても良かったのでは…。
ヒロインの佐渡さんはアムネリスでお馴染み。すらーっと長いおみ足。艶のある黒髪。チャイナドレスが余らず完璧スタイル。また,高音域が綺麗に伸びる歌姫系ソプラノである。声量のある二人の二重唱は聴き応えがあった。
貴種恋愛譚より,物語は,「西沢」はじめシベリアの凍土に眠る一般人の故国への望郷を静かな曲で訴える。帰還する者全員が残留する平井より口述で伝言を暗唱するシーンが主題と思って間違いなかろう。下村さん演じる秀隆は,捕虜達の中にあって精神的求心力がパワフルに表現されていた。「神田」との友情も篤かった。「吉田」との歌曲を通じた精神的結びつきも美しかった。
惜しいのが,下村さんは男の友情は固かったが,看守ナターシャが思慕するようには見えなかったこと,恋人に殉じるようには見えなかったことが少し残念。これは,石丸さんが演じた場合の特性かもしれない。
いずれにしても三部作は名作。様々なキャストで演じ続けて欲しいと願わずにいられない。
今日のカテコは6回。スタンディングの方もおられた。京都人も良い舞台にはきちんと礼を尽くす。

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2006年2月14日 (火)

野田地図第11回公演「贋作・罪と罰」

212日(日)OBPのシアターBRAVA!で,野田地図第11回公演「贋作・罪と罰」を見た。1995年にNODAMAP2回公演として大竹しのぶ氏主演で初演され,爆発的な人気を呼んだ舞台が,人気及び実力を備えた新キャスト及び両側に客席をしつらえた新演出により再演される。

キャストの概要は以下のとおり(敬称略)

三条英(さんじょうはなぶさ):松たか子,才谷梅太郎(さいたにうめたろう):古田新太,都司之助(みやこつかさのすけ):段田安則,溜水石右衛門(たまりみずいしえもん):宇梶剛士,妹・智:美波,母・清/老婆おみつ/将軍:野田秀樹,父・聞太左衛門:中村まこと

ドストエフスキーの名作『罪と罰』の世界を,幕末の江戸,主人公を倒幕の志を抱く女剣士に翻案し,崇高な志を持つ者が手段として行った犯罪が許されるかという,重い主題に真っ向から挑んだ感動的な戯曲。

1867年夏,江戸幕府はもはや断末魔。江戸の町も騒擾としていた。江戸開成所の女塾生・三条英も倒幕の志を抱いていたが,父を亡くし母と妹との暮らしは赤貧を極めていた。英は,鬱々としながらも,ある一つの考えが頭から離れない。「人間は,凡人と天才に分れ,天才はあらゆる法律を踏み越える権利がある。」。生活費と活動資金欲しさに,英は金貸しの老婆を計画的に殺害するが,偶然,目撃した老婆の妹まで殺してしまう。執拗に英を追いつめる捜査官・都司之助。予想に反して罪の意識は英を苛む。親友の才谷梅太郎は,それとなく英を支えるが,才谷こそ新しい発想で時代を変える大立役者であった。江戸城の無欠開城か,全面戦争か。混乱の中で,英は自らの意志で運命を選び取るが,才谷は運命に飲み込まれ落命する。

野田秀樹氏の演劇は後をひく。突然,あのときのあの台詞はそう言う意味だったのかと分かる。分かった瞬間涙がこぼれる。こうなったらもうすっかり変なやつである。

連続砲撃のような台詞。それも一組の会話でなく複数組である。意味を反芻している暇はないので,とりあえず頭の中に仕舞うしかない。このため,一言でも聞き漏らせない。

出演者は舞台袖に引っ込まず,それぞれのお役を生きている。だから,一瞬も目を離せない。

「音を立てて世界が崩れていく,というけれど,あれは嘘ね。音の方が先に崩れていくんだもの。」

「ひとつの命は,何万の志とひきかえにすることなどできない。」

「彼の方角と書いて彼方と呼ぶのよ。だから,おまえのいるところは,これからはいつも,あたしの彼方よ。」

主演の英を演じる松たか子氏は,きりっとしているだけでなく,艶やかな黒髪と透明な白い肌が美しい。熱い志を表すかのような深紅の衣装が映える。女に生まれた不自由を乗り越え,高い理想を実現するはずだった。

「今ほど,自分が正しかったと思ったことはない!」慟哭とも号泣ともつかない英の長い長い咆哮が続く。心が血を流す痛み。客席は涙も忘れて戦慄していた。

心が通い合う感動。運命に裂かれた思い。野田は観客を一瞬たりとも休ませない。

古田新太氏は,ほれぼれする格好良さ。ただし,剣はからっきしだめ。宛書きかと笑える台詞がある。迷宮美術館(欠かさず見てます!)の段田安則氏は明晰な台詞回しが,冷徹な官吏をきっちり表現。そして,野田さん。何も申し上げることはない。

次回も行かなくてはと思わせていただけた。

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2006年2月13日 (月)

「贋作・罪と罰」のホワイエに海老様寄贈の胡蝶蘭が…。

2月12日(日),野田秀樹氏の「贋作・罪と罰」をOBPのシアターBRABA!で観劇した。
2時間5分,一瞬の間もない爆走の舞台!
一言も聞き逃せない野田の台詞!
逃さず聞いた!p(^^)q
以下はホワイ江にあった市川海老蔵丈寄贈の胡蝶蘭

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2006年2月11日 (土)

PROMISE/無極

PROMISE/無極
監督: チェン・カイコー
出演: 真田広之,チャン・ドンゴン ,セシリア・チャン,ニコラス・ツェー
いつどことも知れない神と人間が共存するアジア国。戦で親を失い飢えて彷徨う少女傾城は,運命神の満神と契約した。真実の愛と引き換えに,最強の男からの寵愛と何不自由のない暮らしを…。満神は,大将軍の光明には,常勝将軍の証である華鎧を奪われ,涙が命取りになるという定めを与える。天から俊足を与えられた男崑侖は,故郷の記憶を無くし,奴隷として生きてきた。与えられた運命を生きる三人は出会うべくして出会う。三人の愛の行方は破局しかないのであろうか。

今日11日から上映開始。早速見てきた。映像の美しいことこの上ない。美しさを形成しているのは色彩だけでなく主人公たちの美しさによるところが大きい。真田広之さんファンとしては,最強,無様,どちらにしても真田は真田。格好良く愛に溢れている。チャン・ドンゴン氏はマスク,ボディとも釘付けの素敵さであるが,最も魅力があるのは目。ニコラス・ツェー氏もアイドルらしく華麗である。傾国の美女と英雄たちの物語であるから,黙して見よ。

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劇団四季・鹿鳴館

2月4日(土)劇団四季・自由劇場で,「鹿鳴館」を見た。
1956年の初演より50年。劇団四季が旗揚げ半世紀を過ぎ,満を持して三島戯曲の原典を限りないオマージュをこめて再構築する。
この日のキャストは以下のとおり(敬称略)。
影山悠敏伯爵:日下武史,同夫人朝子:野村玲子,大徳寺侯爵夫人季子:末次美紗緒,その娘顕子:濱田めぐみ,清原永之輔:広瀬明雄,その息久雄:福井晶一,飛田天骨:芝 清道,女中頭草乃:坂本里咲,宮村陸軍大将婦人則子:木村不時子,坂崎男爵夫人定子:大橋伸予
華族/写真師/給仕/職人:太田泰信,青木 朗,岡崎克哉,朝隅濯朗,川原信弘,白倉一成,石原義文,木村雅彦,森田利夫,緒方愛香(劇団昴),勅使瓦武志,鳥畑洋人(劇団昴)
華族:服部良子,岡本和子,岡本結花,藤井智子,寺西紀子,西田ゆりあ

1886年11月3日,天長節の一日の出来事。政界の首領影山伯爵家の茶室前の庭には菊花が咲き誇っていた。新橋の芸妓あがりの伯爵夫人朝子は,友人の大徳寺侯爵夫人季子から,娘顕子の恋を成就させるため,恋人の青年が行おうとしている影山の暗殺をやめるよう説得して欲しいと頼まれる。その久雄という青年こそ,朝子がひとときも忘れたことのない反政府主義者清原永之輔との間に生まれた子であった。暗殺を仕掛けているのは実は影山であるという驚くべき情報も朝子は知る。運命の糸に釣られた男女は,その夜,鹿鳴館という檜舞台に集結し,虚々実々の駆け引きのうちに,悲劇の幕が上がる。

戯曲のト書きに忠実な装置。鹿鳴館の壁紙や階段の装飾柱,シャンデリアなどまで考証された丁寧な造り。クラシカルで格調高いお衣装。全てが観客を三島戯曲の世界に誘ってくれる。それでもなお,空間を支配しているのは三島由紀夫氏が織り成す言葉である。この戯曲にあっては,主演級は勿論のこと,華族の貴婦人その一,刺客までが詩を奏でる。全ての役者に詩の朗唱者であることを強いる恐ろしい戯曲である。三島の美意識,三島の情念,三島の世界観,三島のアイロニー。全ての役者が三島の吊り人形になってしまう。感動というより凄いものを見ているという畏怖の念が先立つ。

劇団四季の精鋭は素晴らしい熱演で息もつかせない。主演の野村玲子さんの和装を拝見するのは初めてであるが,名妓の面影を残す伯爵夫人にしっかり見えて格好良い。
「よござんす。私を殺してからお上がりなさい。」声を掛けたくなる決め台詞!
いよいよ避けてきた本題に入らなければならないときがきた。久雄役の福井晶一さん。久雄役は一見どうでも良い役に見えて,自分の方に引き寄せ,個性で乗り切れないことは確かである。初演の中谷昇氏がどのように演じられたか,見たはずの演出家は,思い出してイメージを固め,早急に答えを出して欲しい。
それにつけても,良い夢を見せていただけるお芝居であった。一週間も感想を書けなかったのは,ブログをオープンして以来はじめてのこと。危機である。
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2006年2月 9日 (木)

鹿鳴館

劇団四季「鹿鳴館」観劇の予習として,江戸東京博物館に,建物の模型を見に行った。20分に一度屋根が開き,音楽と共に中の人物が円舞曲を踊る。
鹿鳴館は,明治16年(1883),日比谷に完成した。時の外務卿井上馨が不平等条約の解消のため,外国人専用の迎賓館として,工部大学校造家(ぞうか)学科(東京大学工学部建築学科の前身)の教官として招聘した英国の建築家ジョサイア・コンドルに設計を依頼し,大倉組(現大成建設)に施工させた。イタリアルネッサンス様式に英国風を加味した煉瓦造り2階建ての美しい外観を誇る建築物で,英国の植民地に多いバルコニー付き,庭も整備されていた。アラベスクなど東洋的なイメージも積極的に採り入れていた。
そこでは西洋音楽による舞踏会が繰り広げられ,のちに「鹿鳴館時代」という言葉を生んだほど一世を風靡した。しかし条約改正交渉はうまくいかず,鹿鳴館は時代のあだ花として井上馨の失脚と共に政治的意味を失った。その後,所有権は転々とし,昭和15年に解体された。
政治的には短い生命であったが,文化史上,建築史上の燦然たる輝きは,建物が失われた今も色あせることはない。三島由紀夫氏が戯曲の舞台としてタイトルに採用するほど「鹿鳴館」という言葉が想起するものは,華麗で大時代で,短い夢のようなものである。

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2006年2月 8日 (水)

イルミネーショントレイン

2月3日(金)~14日(火)まで,滋賀県大津市浜大津から中心市街地にかけて,春待ち灯りというイベントを行っている。市,地元商店街や観光協会が仕掛けているイベントであるがお町内でも話題になっていない。どうして気が付いたか。じゃーん。電飾電車である。京阪石坂線は,夏にナマズ柄になったり,クリスマス時にはつり革にデコレーションが下がりおリボン柄になって,大抵のことでは驚かないが,凍死しても不思議でない寒い浜大津駅に,光りながら入線してきたときには,楽屋から誉める田舎芝居のノリで喝采した。
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2006年2月 6日 (月)

歌舞伎座二月大歌舞伎・夜の部

2月4日(土)歌舞伎座夜の部を観劇した。立春には振る舞いがあるかもしれないと聞いていたが,定刻きっかりに入場したので何があったのか分からない。
梶原平三誉石切
幸四郎丈の梶原は十年ぶりとか。石の手水鉢を切る眼目の場面は,客席に背を向けての形。刀も刀,切り手も切り手。このあと役者も役者と続くのだが,大向こうさんの声は聞こえなかった。いつも三階派の者としては,大向こうさんの掛け声が大きな楽しみになっていることに気付いた。珍しく一階席の観劇である。歌六丈の六郎太夫と幸四郎丈の梶原は,リアリティのある演劇風でバランスが良かったように思われる。
京鹿子娘二人道成寺
全盛の立女形玉三郎丈とそれを襲おうとする花の若女形菊之助丈の競演。二年前の初春大歌舞伎で実現した夢の演目が,この枠組みが変わらない今,再演となることはファンにとってうれしいかぎりである。振りの詳細や所化さんたちは,思い出しだし綴るとして,印象をまとめると,前回は,菊之助丈の白拍子花子という肉体を持つ娘に,玉三郎丈の清姫の怨霊が取り憑いて道成寺を訪れたというストーリーになっていたようにワタクシは見たが,より相似性が増し,妖しいイリュージョンの性格が強くなっている。玉三郎丈のこぼれるようなほほえみにきりっと緊張感のある菊之助丈が揺れ動く。可愛らしさ,清らかさ,華やかさ,あでやかさ,妖しさ。玉三郎が構築する美と菊之助丈が醸し出す美。美の範疇の全てがここにあると言い切ってよい。これを見ずして美を語るなかれ。
新幹線からの投稿どおり手拭いをゲッツ。帯取りと,鐘見の決まりを凝視出来ただけで幸福であったが,思わぬ余禄に春気分いっぱい。
人情噺小判一両
当代菊吉初演となる,六代目菊五郎丈と初代吉右衛門丈のために書かれた宇野信夫氏の新歌舞伎。軽妙洒脱で情に篤い元渡世人の菊五郎丈と,豪放磊落な感激屋の武士の吉右衛門丈。何気ないやりとりのなかに,武士と町人それぞれの生き方や矜持のあり方を問う良い噺である。あて書きに後継者がおられるということは喜ばしい。菊之助丈が演じられる日はあるのであろうか(爆)。

一月に気になっていたことの確認。最後の演目を見ず帰宅するのは,関西人か玉三郎丈の贔屓かという疑問に結論が出た。

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2006年2月 4日 (土)

京鹿子娘二人道成寺

歌舞伎座夜の部を拝見。手拭いは飛んできました。nec_0098.jpg

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劇団四季・鹿鳴館 観劇して一言

2月4日(土)劇団四季自由劇場で、三島由紀夫氏の鹿鳴館を見た。行った甲斐があったというもの。台詞術に酔った。

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2006年2月 3日 (金)

一力に連獅子が!(節分のお化け)

ほんに今宵は節分である。
節分のお化けとは何?と友人が不思議がっていたのをきっかけに記憶が蘇った。「節分の日に男は女装,女は男装し,町を練り歩いて楽しむ花街の行事やん。」と,いうと「それは日本のことですか。」ときた。
ちゃうちゃう。ハロウインと間違えている。もっと倒錯的である。
幼少時に日本髪結って着物を着せてもらわなかったかとたずねても,今や知る者は少数派のようだ。
お化けとは,自分と違う格好をすることによる厄除けや祈願である。子供が娘の格好をするのは,美しい娘に成長し,良縁を願うものである。上方の商家や花街の行事で,昭和四十年頃までは盛んに行われていたとか。昭和四十年以降の生まれの者は知らないはずだ。
お化けに出会いに祇園界わいに出向いてみよう。

花見小路四条の一力の前で張り込む。雪が降ってくる。一体ワタクシは何をしているのか。思いの外,舞妓さんは舞妓さんの,芸子さんは芸子さんのお姿である。日本中で最もお化けに会える確率の高いここで会えなかったらお化けの明日はないはず!寒い!
出た!
紅白の毛も鮮やかな連獅子!花見小路をむくつけき舞妓さんが!大衆演劇の太夫さん風のお方も!
お化けウオッチングの同志は少ない。フラッシュは失礼なので写真は遠慮したが,ちょっとしたタイムトリップを楽しめた節分の宵であった。

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2006年2月 1日 (水)

雨夜の臘梅

nec_0081 雨上がりの暖かい夜である。例によってとぼとぼ歩いていると思わず背中がシャキーンとなるよい香りが…。
満開の蝋梅に納得。紅梅白梅に姿は劣るが,薫りは華やかである。まもなく節分。
よい壁紙見つけました。嗅覚にすりこまれているので見るだけで香ります。

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