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2005年10月16日 (日)

芸術祭十月大歌舞伎昼の部「加賀見山旧錦絵」

10月9日(日)歌舞伎座で芸術祭十月大歌舞伎(昼・夜)を見た。

お家騒動の渦中に身を投じた女たちの熱い戦いを描く,女忠臣蔵として人気の狂言。
多賀藩乗っ取りを企む局・岩藤に尾上菊五郎丈。商家の出身ながら優しい心根と明晰な頭脳で,息女大姫(中村隼人丈)の信頼が厚い中老・尾上に坂東玉三郎丈。困窮した浪人の娘で,武芸に長け忠心篤い尾上の召使のけなげな少女お初に尾上菊之助丈。当代最高のキャスティングを得て,期待は最高潮に達していた。
岩藤は,大姫に好かれている尾上を政的として憎み,ことあるたびに難儀を持ちかけていた。試合の場では,武術のたしなみがない尾上に,立ち会いを迫る。尾上の窮地を救ったのは召使お初。お初は奥女中たちを打ち負かし,岩藤にも勝ちそうになったところを尾上に諫められる。
しかし,岩藤の陰湿な報復が待っていた。兄で共犯者の弾正が,上使として尾上が預かる蘭奢待の香木を受け取りに来るが,香木は岩藤の草履にすり替えられていた。岩藤は満座の中,草履で尾上を打ち据える。
長い廊下を悄然と部屋に戻った尾上は,屈辱に消沈しながらも,自らの矜持と名誉の回復のため,命をかけた告発行為に踏み切る。
心配で胸もつぶれそうなお初は,主人の短慮を思いとどまらせようと,精一杯けなげに尽くすのであったが…・

玉三郎丈の尾上様は素晴らしいとしか申し上げようがございますまい。幸薄く出家を決めたいとけない大姫への悌心,お家を憂え愛と知力を尽くして戦う使命感,お初との心の絆,実はまだ若く一人の娘に戻れば心配してくれる親を慕う思い。才色兼備で非の打ち所のない女性ではあるが,歳若く,権力と武力に恵まれなかったことを,観客に,残念無念と思わしめ,涙を絞らせておられた。
10分休憩の後,長廊下を歩む尾上が音も無く鳥屋から出てこられるが,お姿からわかる憔悴の深さが衝撃。立っていることも,足を運ぶこともおぼつかなくなるほどの悲しみと無念が迫る。
自害の動機も,無力感や内向的で思い詰めるタイプであるという自己崩壊とは断じて違う。教机に告発状を備える美しい所作から,単に草履打ちが悔しいだけではなく,何とかしなくてはという一筋の思いが感じられた。
忠心篤く,優しいお姿と心根だけでなく,誇り高く知力に優れ,一派のリーダーとして戦った大きな尾上さまであったことが,悲劇を香気を添え,悲しみをより深くする,玉三郎丈ならではの人物造形であった。

菊之助丈のお初。仇討ちする強い女武芸者ではなく,女の子モード満点。素直,健気,一途,ピュア,可愛らしい,元気溌剌,菊之助丈のためにある全ての褒め言葉を尽くしても足りない。観客は,お初に自分の心を投影して見ているので,2500人の観客の代表として尾上に尽くしているのである。全ての台詞は観客の思いと一致する。責任の重いお役である。
特に今公演の菊之助丈は,二人の交流もさることながら,お初の独白や,一人のしどころで,観客の涙をぎゅーぎゅーに絞ったところが素敵であった。七月のNINAGAWA十二夜,一人の場面で観客の心を翻弄した成果か,玉三郎丈の独白の場面と勝負しておられるのか。どちらにしても,お二人の贔屓には息詰まる場の連続であった。

さらに「元の尾上部屋」には,新機軸が施されている。重要な泣きのポイントのネタバレになるので,また後日とする。
岩藤様は,やりすぎず,言動で底知れない憎たらしさを表しておられ,安心した。

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歌舞伎」カテゴリの記事

コメント

おとみさま、初めまして!文花座の雪柳と申します(^^)
コメントを頂きましてありがとうございました♪
『シェイクスピア歌舞伎』の理想配役、思わずそそくさと作品を読み返して・・・いちいち「おおっ!」「なるほどっ!!」「かなり観たい!!」と大盛り上がりでしたっ。
歌舞伎役者にしか出来ない醍醐味もたっぷりと織り込んで、これはイイっ(^^)アタマの中の空想上演だけでも楽しめちゃいますね。
ありがとうございます♪

私もこの舞台、すっごく魅了されました!
>受け入れ難い筋立てを,それらしいリアリティをもって~
うわぁ、そのお言葉すごくよく分かる!
物語のストーリーやエピソードは単なる手段で、その中で「人間そのもの」を描ききっていらっしゃるからこそなのだろうって思う(^^)
去年歌舞伎座の『寺子屋』@千代を見たとき、殺される為に息子を差し出す母の心が不思議なくらいの説得力で納得できたことにびっくりした記憶があります。
あの芝居、そしてあの容姿。奇跡の女形って言葉は誇張でもなんでもないって思います~。

読み応えたっぷりの記事、過去記事検索も楽しそう!
これからもオジャマさせていただきますね(^^♪

投稿: 雪柳 | 2005年12月 3日 (土) 09時31分

>悠さま
ラッキーなご出張。祝着至極でございます。
尾上の部屋が圧巻でした。
で,夜の部はご覧になられました?
>スキップさま
コメントありがとうございます。
チケットをゲットした日から,お初の心で気合入りまくってました。バリバリに感動しました。
あれほど楽しみになさっておられた御園座がお流れに!!!お察し申し上げます。
今月はさすが名古屋は見送りましたが,そのようなお話がございましたら,喜んでぜひぜひ救済させていただきます。
さて,「吉原御免状」行ってきました。また,ちゃんと書きます。もう一度見たかったぁ。
>かつらぎさま
迷わずもう一度ご覧になられてはいかがでしょうか。
玉三郎丈は,パワハラや児童虐待など,受け入れ難い筋立てを,それらしいリアリティをもって至高のエンタテイメントと胸躍る芸術として,観客に提示していただけるお方であらせられます。

投稿: おとみさん | 2005年10月18日 (火) 22時59分

こんにちわ。やっぱり「加賀見山」ショックが抜けないようです…1F席でもう一度観てこようか、まよっております。

投稿: かつらぎ | 2005年10月18日 (火) 00時51分

おとみさま

歌舞伎座に行って来られたのですね。
玉三郎 尾上 vs 菊五郎 岩藤 ほんとうにこの上ない、といった感の配役ですよね。目の前でご覧になったとみさんの感動がひしひしと伝わってきました。

私の御園座行きは思わぬ突発事項が起きてキャンセルとなってしまいました(泣)。
例によってミーハー心たっぷりで「特別席」前から3列目なんて席を取っていたのに、心残りでなりません。
とみさんにご連絡がつくなら代わりに観に行っていただきたいくらいでした(涙)。

投稿: スキップ | 2005年10月17日 (月) 23時55分

おいら、仕事がはやくおわったんで、歌舞伎座まで行って、時間つぶしに、加賀見、、、二、三幕のみ、幕見(一番天井に近い席でみてきました)で見てきました。ぞうりうちの場面が終わったあとでしたけど(T_T)。

投稿: 悠 | 2005年10月17日 (月) 22時40分

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» 女と“おんな”の葛藤−加賀見山旧錦絵− [Ryo's cafe]
15日昼の部歌舞伎座「加賀見山旧錦絵」の幕が切れた途端、私の後ろの席にいたおじさまが連れの女性にこんなことを言うのが聞こえました。「まったくイヤな女たちだな。これじゃ“おんな”じゃないよ」。連れの女性が「もっと哀れさがあったほうがいいのですかね」・・でも....... [続きを読む]

受信: 2005年10月18日 (火) 00時48分

» 藝術祭十月大歌舞伎『通し狂言 加賀見山旧錦絵』 [文花座]
【公演データ】 公演名:藝術祭十月大歌舞伎 昼の部 『通し狂言 加賀見山旧錦絵(=かがみやまこきょうのにしきえ)』 会場:歌舞伎座 観劇日:2005年10月2日(初日) 【主な配役】(敬称略) 中老尾上:坂東玉三郎 召使お初:尾上菊之助 奴伊達平:河原崎権十郎 牛島主税:坂東薪車(=しんしゃ) 息女大姫:中村隼人 庵崎求女:尾上松也 剣沢弾正:市川左團次 局岩藤:尾上菊五郎 他 《呑み込まれた!》 岩藤@菊五郎丈が、内側からめくれあがるかのようにぐわぁっ..... [続きを読む]

受信: 2005年12月 3日 (土) 09時34分

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