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2005年7月12日 (火)

NINAGAWA十二夜・劇評を見る前に

歌舞伎座七月大歌舞伎「NINAGAWA十二夜」を観劇してきた。
思えば2ヶ月余りの日々,仮想配役,外題仮想(What you willも含めて),仮想役名,仮想のお衣装,仮想の早変わり,仮想の装置,仮想の演出と十分楽しみ尽くした。まず,このような楽しみをいただいたことに感謝したい。そういう意味では,私にとって見なくてもこの公演は既に成功しているのである。
そのうえで,全ての雑念を捨て観劇した答えは,尾上菊之助丈に尽きるということである。
シェイクスピアを日本の歌舞伎に翻案して上演することに,さほど目新しさがあるとも思えないし,蜷川幸雄さんはそんなことは百も承知のうえでの取組かと思われる。功成り名を遂げた蜷川幸雄さんが,ただ尾上菊之助丈のためだけに冒したリスキーな挑戦というのが感動的であった。
十二夜が戯曲として優れているにもかかわらず,上演回数が多くないのは,配役の難儀によると平田オリザさんはいう。男装も似合う美しい主演女優と,ヒロインとそっくりな二枚目俳優さんが必要というのがその理由だそうだ。女優さんの二役は,もつれた糸を解きほぐす美しい若者の颯爽とした登場という大団円において確実に興醒めとなるらしい。これらの全ての命題を解決できるのは,男女二つのセクシャリティと男女及び若衆・三つのジェンダーを自在に往還できる唯一無二の俳優尾上菊之助丈しかありえない。
類稀な容姿と美声,天性のセンスと確かな実力に支えられ,清新な芸風の丈は,これまでに演じられた数々のお役においてその魅力を発揮されてきたが,どれも及第点であるがゆえ,畢生の当たり役には恵まれておられなかったように思う。この狂言こそ蜷川さんが丈に与え賜うた贈り物と信じて疑わない。
主君のオーシーノ公爵のため,恋敵のオリビア姫の恋の使者の役回りを演じるヒロインヴァイオラの健気さ。亡くなった妹に仮託し,公爵に娘心を語るいじらしさ。男姿のまま娘として独白する妖しさ。出ずっぱりでありながら変幻自在で,ずっと見ていたいという思いに駆られるのは丈贔屓だけではありますまい。
贔屓が見たい尾上菊之助丈を見せてくださった蜷川幸雄さんにひたすら感謝したい。
もうそろそろプロの演劇評がでるころか。贔屓の私でも書きたいことはあるが,けなされると悔しい。かといって,手放しの大成功とあれば,おいおいそれは違うとも言いたい。今月,また見たい,そして,再演,再々演も見たいというのが心情である。

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コメント

>菊蔵さま
お目汚し。恐縮です。
調子悪かったですが,トラックバックできたようですね。

気も狂わんばかりに楽しみにしていたのが,フェステがトーバス牧師の声色を使い,暗闇の中でマルヴォーリオをいじめる場面。「暗闇とは無知なり。」でございました。装置なし衣装なしで,暗転を逆手に取った大爆笑の名場面なのですが…。

投稿: おとみさん | 2005年7月14日 (木) 21時25分

お待ちしておりました~(^-^)/

>唯一無二の俳優尾上菊之助丈しかありえない
>この狂言こそ蜷川さんが丈に与え賜うた贈り物と信じて
疑わない。
あくまでも「NINAGAWA歌舞伎」と心得ても、
菊之助丈以外の配役は考えられませんし、あーまでやられては、
麻阿も亀治郎丈以外は在り得ない。
まったくもって贔屓冥利に尽きる好い狂言が出来上がりましたね。
蜷川さんにも感謝、永山会長にも大感謝しております(笑)。
劇団らしい立ち回りも観たいし
(海賊の場面が省略されてしまったようですね、がっかり(>_<))、
再演はいつかと早くも気の揉める日々でございます。

投稿: 菊蔵 | 2005年7月13日 (水) 20時34分

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